プレゼント

槙島vs狡噛






 赤い鉄塔――ノナタワーの最上階。外壁もなく鉄骨が剥き出しのままの塔上層部にもしっかりホログラムイルミネーションで装飾が施され、この都市の立派な象徴として光り輝く。
 その塔の屋上まで続く螺線階段の一段に腰掛け、街の至る所で光る赤色灯や燃えさかる炎や煙で騒がしい下界を見下ろしていると、外壁に遮られない風が吹きつけた。

「――…………」

 槙島聖護の髪がそよそよと宙を泳ぐ。手ぐしで前髪をたぐり寄せ、その一部を耳に掛けた。
 槙島は、自身が招いた暴動による人々の喧騒に飲み込まれていく平和に目を細める。人は脆いものだ――と憐れみ、そして嘆きを感じながら、人々に生きる意味を問いかける。
 人々の中に眠る、忘れ去られてしまっていただけの狂気に火を焚きつけたのは、他でもない槙島によるものだった。その業火は瞬く間に人から人へ伝染し、平和な街のあちこちに精神汚染を呼び起こした。
 この許されざる騒ぎの中、一体どれくらいの人間がこの社会がもたらした普遍的な日々を過ごしているだろう。

 人間が生命の危機に直面した際どういう行動を示すのか、あるいは、どういう事象が起これば自発的な行動を取ることができるのか――槙島の興味はそこにあった。
 それは例えば、犯罪という形でこれまでに何度も観察してきた。その被験対象は老若男女問わず複数存在し、槙島に見初められたその誰もが何かを失うことに厭わないタイプの人間ばかりだった。
 槙島はそういうタイプの人間を見つけだす嗅覚が優れていた。そして今も観察の途中だ。おそらく槙島の見込みが正しければ、彼はこれまでの中で一番楽しませてくれる相手。
 果たして彼はここまで無事に来るだろうか。

 槙島は天高い塔の階段で飛び込んでくるだろう黒い猟犬を待っていると、しばらくしてその時はやってきた。
 僕を殺しにやってきたひとりの男。僕の見込んだ通りの男だった。

「お前は、狡噛慎也だ」

 そう、これが最初で最後のプレゼント。
 息を切らし、選りすぐりの手下数名を見事に倒してここまでやって来た彼の存在に槙島の心が沸き立つ。名を呼ばずにはいられない。

「お前は、槙島聖護だ」

 僕の名を知る数少ない人間――狡噛慎也との出逢いは、僕の人生において最高の贈り物だった。