背中に願いを

槙島×狡噛






 意識していれば聞こえるくらいの小さな声で挨拶をして、先に眠った主の横に入り込むと、槙島聖護はベッドサイドランプを消灯する。
 室内が真っ暗闇に包まれた。チクタク、と時の音が響く夜。自分の鼓動さえよく響く。
 
 窓を少し開けたままのそこから風が入り込んでカーテンがそよいでいた。
 その隙間から漏れる月明かりが室内をぼんやりと照らしている。今日も空は澄み渡っていて美しい。
 
 不思議だった。
 こういう静かな夜を与えることしか許されない関係ではあるが、悪戯に過ごしていた日々よりも充実していると感じる。生きていると感じることができる。
 
 槙島の隣で背を向けて眠るもうひとりの姿。狡噛慎也は槙島の見張り役を担ってきた。もう二度と槙島に犯罪を重ねさせないため、自らの人生を棒に振っている愚かで愛しい男。
 その彼が先に眠る日は滅多になく、今夜はその珍しい夜でもある。
 
 狡噛は誰よりも槙島の逃亡を恐れている。いや、恐れよりも責任を感じている。
 槙島を生かしてしまったことへの。
 槙島を裁けなかったことへの重責を感じている。
 
 僕らにとって終わりを迎えることは、本当はすごく簡単なのだ。引き金ひとつ引くだけでいい。
 槙島はいつでもその時を待っているのに。
 
 しかし、こういう静かで美しい夜は、もう少し生きていたいと思う。
 この背中をもう少し見届けていたいと思う。
 
(悪いね)
 僕は君を安心させてやることができない。
 
 だから僕は、背を向ける狡噛のそこに接吻ける。
 
(僕はここにいるよ)
 
 それは、ここに居ることを伝える口付けだった。