すきなごはん

「あ! おはよ~っす、マヨちゃん♪」
 窓から射し込む陽だまりの温かさに混ざって漂うのは、空腹を刺激する美味しい香り。ジュウジュウ、とひたひたに浸したパンの焼ける音。それから聞こえてくる楽しそうな鼻唄。
 キッチンで料理をしている時間。出来上がったご飯を食べる時間。どちらも大好きな椎名ニキにとって、この時間は至福のときだ。フライパンの前で出来上がっていくフレンチトーストに『ふふふ~ん♪』と、ご機嫌な鼻歌を鳴らしながら、遅めの朝ご飯の支度をしていた。
 久しぶりに休みの重なった日だった。
 遅い朝になってしまったのは、夜遅くまで語らいをしていたからだ。いくら時間があっても話し足りない。触れ合い足りない。気が付けば遅くに寝付いて、時間を気にせずに朝を迎える。最高にハッピーな過ごし方だ。
 肌と肌を重ね合わせることで得られる充足感。全身を包み込む心地良い倦怠感。窓から射す陽気にようやく目を覚ました礼瀬マヨイは、猛烈な居たたまれなさにまさに太陽に身を焼かれていく心地に苛まれた。
「おおおおはようございますぅ、椎名さん。私起きるのが遅くって……」
 もぞもぞとみの虫のように上半身を起こすと目元を擦る。覚醒した途端に感じた美味な匂いと聞こえる鼻唄を探すマヨイの視線がニキの背中を捉える。
 マヨイの居るベッドからキッチンまでの動線は直線上にあり、楽しそうにキッチンに立つニキの姿がばっちりと視認できた。
「いえいえ~、昨日は無理させちゃったっすからお構いなく♪」
 半身だけ振り返って照れ笑いを向けるニキの笑顔が眩しすぎて、マヨイの顔は真っ赤に染まる。
「ひっ、そ、そんな……。で、でも椎名さんと一緒に過ごすのはあまりにも心地良かったものですから……」
 昨夜の甘い時間を思い出してふにゃり、と目元を崩して微笑うマヨイは、少し垂れた眉と相まって笑うと幼さが強調される。そんな笑顔を向けられたニキの顔も自然と綻んだ。
「それはそうと……本当に良い匂いですねぇ」
「へへっ、昨日の夜に仕込んでおいたフレンチトーストっす♪ マヨちゃんも好きっすよね?」
「ええ、はい♪ 大好きですぅ」
 とくに椎名さんと食べる食事が――とは声に出せないまま、借りたパジャマ代わりにした大きめサイズのパーカーを整えてから、マヨイはひたひたと足音を立ててキッチンへ赴く。そうしてニキの隣に並んでフライパンを覗き込んだ途端、マヨイのお腹が嬉しそうにぐぅ、と鳴いた。
「あはっ、これは嬉しい~!ってことっすかね♪」
「ひぃっ、お恥ずかしいぃい……穴があったら入りたい……」
 素直に腹が鳴ってしまった羞恥心に頭を抱えたマヨイはニキの足下にしゃがみ込んだ。
 腹の音よりもパーカーに靴下のみという姿のほうがニキにとっては目のやり場に困るのだが、それを指摘してしまったら本当にどこかへ雲隠れしてしまいそうなのでニキも口を紡ぐ。それにここはニキのアパートだ。マヨイが好き勝手出来るような環境ではない。マヨイにはニキの背中意外には隠れ場所がなかった。
「ほら、マヨちゃん顔上げて?」
「嫌ですぅう……」
「も~! こっち見てほしいっす!」
 ぷく~っと頬を膨らませて拗ねたニキは、焼き終わったフレンチトーストを真っ白い皿に盛り付けて、マヨイの前に屈んでそれを見せつけた。
「僕、お腹空いたっす……マヨちゃんも空いたでしょ? ね? 一緒に食べよ?」
 駄々をこねるようにマヨイの服の裾を掴んでねだってきた。食に関することになると子どもっぽさが露呈するニキのその姿と、美味しそうなフレンチトーストの甘美な誘惑に負けてマヨイはコクコクと頷いてみせる。
「ははははいぃ……。ああでも……、これは本当に美味しそうですね」
「もちろんっすよ~! 味の保証はするっす!」
 ニッととびきりのスマイルを向けられたマヨイは嬉しいやら恥ずかしいやら照れやらで溶けてしまいそうな自我を何とか保ちつつ、ニキの笑顔につられて「はいっ」とマヨイもとびきりの笑顔で返事をした。
 しばし見つめ合って笑い合うふたりの遅い朝。久しぶりのふたりきりの時間。忙しくなってきたアイドルの仕事も楽しいが、こうしてゆっくりと過ごせるふたりの時間も大事にしたい、とふたりの笑顔にはそんな願いも込められていた。
  

2021.02.07 / Twitter(1hwriting)
お泊まりした日の朝ごはん。両想い。

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