お気に入り

 僕たちはどこか似ている。
 椎名ニキがそう気付いたのは別ユニットの礼瀬マヨイとプライベートで一緒に過ごすことが増えてからだった。
 レッスンやバイトの終わりに待ち合わせをして、どちらかの家で逢瀬を繰り返すようになった冬。寒いね、と身を寄せ合うことが増え、夜遅くまでお喋りを楽しんだ。アイドル<偶像>の部分だけではない一面をそうして沢山知っていった。
 それがやがて恋に発展したのはごく自然な流れだった。

「マヨちゃん、寒くないっすか?」
 ニキは隣に座るマヨイの手をそっと握ると、拒まれないその手の温もりにへらっと目元を崩して微笑った。
「はひっ、……椎名さんの料理が美味しかったので、ぽかぽかしてますよぉ」
 寒い冬にシチューは格別だった。特に寒い日には生姜を効かせると、ふたりで食事をすることも重なって心も体もぽかぽかに温まる。
 ふにゃり、眉を垂れて笑うマヨイが小首を傾げて隣のニキを覗き込む。見て分かり易いくらいマヨイは満たされていた。
「なはは♪良かったっす♪」
 繋いだ手の指を絡ませることに慣れてきたふたりはまだ恋仲になって日も浅く、臆病なマヨイが少しずつ愛情表現に慣れていけるようニキも注意を払っていた。グイグイと距離を縮めることもできるが、そうまでしてふたりの関係を一歩も二歩も先に進めたい欲もない。
 それくらいニキはマヨイとの関係を大事にしたいと思っていた。甲高く怯えた声をあげることが減るように。物陰から見つめる距離が少しでも縮まるように。
 過去に負った傷は、ときどき言葉や行動に表れる。寂しさと愛情に飢えた子どもは自我が確立してもなおそれを欲する傾向にある。他者への依存や世話をしてしまいがちなことも多い。
 けれども、ふたりはアイドルになることを選んだ。ファンに愛され、ファンを愛するアイドルになった。
 そして、そのお陰でたったひとりの好きな人に出逢えたのだ。
 アイドルになる道を選ばなかったら、好きになれるチャンスさえなかっただろう。そう思うと、アイドルになることを肯定できるような気がして。
 繋いだこの手をずっとずっと大事にしたい。もっともっと好きになりたい。
「ふふ、ふたり揃ってぽかぽかですねぇ」
「マヨちゃんといると安心するっていうか、眠たくなってくるっすよ?」
「はぁっ? それでしたら私が膝枕してあげましょうねぇ……! どうぞどうぞ、ご遠慮なく…? 椎名さぁん、こちらへ……」
 隣のマヨイに寄り掛かって甘える仕草を見せた途端、マヨイの壮絶な甘い吐息がニキに向けられた。ここぞとばかりにデレデレに頬を緩ませるマヨイが、自分の両膝を揃えて繋いでいない方の手でぽんぽんと叩いて招く。
 マヨイのこの膝枕の行為はお気に入りの対象にしか向けられない。彼ならではの愛情表現のひとつだ。
 招かれるままマヨイの膝に頭を乗せて寝転がったニキはマヨイの方に身体を向けてそっと目を閉じた。それから大きく深呼吸をして脱力する。
「はぁ?……マヨちゃんの匂い、落ち着く……」
 よしよしとニキの頭を撫でてあやすマヨイの表情もまた吐息こそ興奮して荒くなっていたものの、愛しいものを見つめる愛と優しさに溢れていた。
「そうでしょうかぁ……?」
「そうっすよ?、食べちゃいたいくらい好き」
「ヒィ、た、食べても美味しくないですよぉぉ」
 言葉ではっきりと伝えてくるニキにマヨイは戸惑いを隠せなかった。自分から愛情を向けることはあっても向けられることには慣れていないせいだ。
「なはは、冗談っすよ?! でも、好きなのはほんと」
 ニキの好きを浴びていると、マヨイは自身の存在を肯定されたような気持ちになっていく。
「……わ、私も、椎名さんが好き、ですよぉ」
 マヨイが愛らしい者へ向ける邪悪な感情とニキへ向くこの感情はそれぞれ似ているようで少し違うような気がする。
 これがきっと恋なのでしょうねぇ――と、自覚するマヨイの手からは他者に触れることへの怯えや怖れが消えていて。代わりに、ニキの髪を指で梳くように触れるその手には愛が沢山詰まっている。
「も?!マヨちゃん大好き!」

 僕たちは過去に知った痛みもどこか似ている。
 まだそれには触れられないけれど、いつかその過去ごとすべてを愛することを許されたい。マヨちゃんの全部を受け止められるように。たったひとりの理解者でいられるように。
 マヨイの腹の部分に顔を埋めてマヨイを抱き締めるニキの表情はいつにも増して穏やかに満たされていた。
  

2021.03.07 / Twitter(1hwriting)
たったひとりの理解者になりたい。

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