アクセサリー

 身支度をするその姿を背後から眺めるのが好きだった。
「あんれぇ? マヨちゃん、明日はお仕事か何かっすか?」
 ベッドの縁に腰掛けて髪を一纏めにしている礼瀬マヨイに声を掛ける。その声はどこか名残惜しさが滲んでいた。
 溢れ出る寂しさを誤魔化せないまま、椎名ニキは目の前のその腰にそっと腕を絡ませた。
「ええ、はい……雑誌の取材がありまして」
「あちゃ~! ごめんなさいっす! 僕ものすごく無茶させちゃったっすよね?」
「いえ……明日は撮影ではありませんし、それに椎名さんとしたかったのは私のほうですから」
 背後から見ていても分かる、マヨイの照れている様子。少し前屈みになって長い髪で横顔を隠す。結いていたはずの手はモジモジと自分の指同士を擦り合わせ、ちょっと前まで互いの熱を貪っていた夢みたいな現実の時間を思い出す。
「なはは♪ それは僕も同じっす。……マヨちゃん帰っちゃうのかぁ」
「すみません……お泊まりしたいのは山々なのですがぁ、朝が早いそうで巽さんが迎えに来てくれることになっていましてぇ……」
「ふうん、そうなんすかぁ。何か妬けちゃうっすね」
 ニキはマヨイを更にぎゅうと強く抱き締めると、その背中に顔を擦り付ける。それで寂しさを紛らわせれば良いが、匂いで飢餓感が薄れるみたいに、「もっと一緒にいたい」という欲も薄まってくれればいいのに。
 マヨイと出会ってからのニキは、食欲だけではない欲望が時折こうして姿を見せることが増えていた。
 けれどふたりは互いの所属するユニットの事情に個人的な情は突っ込まないようにしていた。それは互いに決めたルール。この関係を良好に保つための大前提の譲歩だった。
 本当は縛って閉じ込めて――なんて考えちゃう時があるけれど。ふたりの関係はまだ秘密にしている人のほうが多いため、避けられるリスクは避けておくように心がけていた。
「僕はぁ、泊まってってくれて全然いいんすけどね?」
 髪の束と頸の中間辺りに、動いたら見えるかもしれないし見えないかもしれないくらいの位置にキスマークを付けてムシヨケをしておきたいくらいだけれど。
「ありがとうございますぅ……でもこれ以上椎名さんに甘やかされていると明日の私がボロを出してしまいそうなのでぇ」
 ちらり、振り向いて背後のニキを見遣ると、マヨイは悩ましそうに眉を八の字に垂れ下げてしょんぼりする。感情コントロールが下手でストレスもろくに受け流せないマヨイにとって、ユニットとしての仕事でメンバーの皆に迷惑をかけることが怖かった。
「……そうっすか。じゃあ仕方ないっすね。あ!マヨちゃん明日は何時終わりっすか? 夜は暇っしょ? マヨちゃんの分のごはんも支度して待ってるんで、よかったら家に来てほしいっす!」
 そうだ!と言わんばかりに思いついたニキが誘う。嫉妬を飲み込んでにへらっと屈託のない笑みが向けられる。
 眩し過ぎるくらいの笑顔はときどき感情や本心をも飲み込んで誤魔化されがちだけれど、マヨイはそんなニキの笑顔につられてかしこまったように「はいぃ」と返事をした。
 そうして何とか途中まで編んでいた三つ編みを結い終えると、身支度が終わる瞬間を待ちかねていたニキの手がマヨイを掴んだ。
「……マヨちゃん、いつも私服のときは手袋してるっすよね。綺麗な手なのにもったいないっすよねぇ」
「えぇええそうでしょうかぁ……? 暗がりを通ることも多いですし、私のような忌まわしい薄汚い手がうっかり直接触れでもしたらわわ私パニックになっちゃいますよぉ」
「そういう理由からっすか?じゃあ、お外で手袋を外し難くなる方法を教えてあげるっす! マヨちゃん、手ぇ出して?」
 そう言うと、ニキは一旦マヨイから離れた。そしてマヨイの正面にニキが再び歩み寄ってくると、マヨイの前に膝をつく。
「じゃじゃ?ん!」
 どうやらニキはとびきりの解決策を思いついたらしかった。両手を上げて閃きを見せびらかす。
 自らのその思いつきに自己賛辞を贈る勢いでご機嫌の様子を見せるニキの手に合わせて、マヨイも同じように手を花のように左右に開いて様子を伺った。
「じゃ、じゃじゃ?ん……?」
「一体何が始まるのだろうか?」と、ニキの突拍子のない行動にマヨイは戸惑うことも多いが、驚かされたり喜ばせようとしてくれたりするニキのサプライズみたいな行動は側で見ていて飽きなかった。
「指輪っすよぉ、指輪。手袋の上からするとちょっと外すのがめんどくさくなるっす」
 ニキが普段付けているシルバーの飾り気のない指輪だった。ニキはそれをマヨイのどれかの指にサイズが合わないか人差し指から一本ずつ左右両方の手を順に試していく。
「あ、あの、椎名さん、待ってくださいぃ」
「んぃ? どうかしたっすか?」
「いえ、その……その指は流石にまずいんじゃないかと……」
 そうしてニキの指のサイズとマヨイの指のサイズがちょうど良く一致した指。まずい、と焦るマヨイの左手。
 マヨイの指には既に指輪を嵌められた後で、僅かに増えたその重みがマヨイには心地良い重さではあったものの、アイドルとしてはあまり推奨されないその指のアクセサリー。
「……ありゃ? やっぱりダメっすよねぇ。なはは?」
 笑って誤魔化しながらマヨイの左薬指から指輪を抜き取っていく。そのニキの表情はとびきりの笑顔で笑っているのにどこか曇っているようにすら見えて。
「……椎名さぁん…………」
 辛抱堪らずマヨイからニキに抱き着いていた。ぎゅうっと。指輪で示される愛よりも、「伝われ! 伝われ!」と切に願いながら――マヨイはぎゅうぎゅうとニキを精一杯抱き締め続ける。
「……こ、ここの指は、そのぉ……プライベートの時間のために取っておくのでぇ……だから、そのぉ……」
「マヨちゃん……」
「こっ、今度よよよよろしかったらお揃いのものを探しにいきませんかぁああ……?」
 それは、マヨイにとって渾身の誘い。気持ちが通じ合っていると確信しているからこそ口をついて出た誘い文句。
「――!! はいっす! もちろんっす! なはは、ふたりだけの秘密っすね」
 口元に人差し指を立てて「秘密」のジェスチャーを示しながら、ニキは今度こそ曇りない笑顔をマヨイに向ける。
「ふふ、はい♪ 私と椎名さんの秘密です……♪」
 ふたりの秘事は日を重ねるごとに増えていく。それだけ思い出の数も増えているという証拠でもあって。
 いつか互いの手に謎めいた指輪が祝福する太陽の光を浴びてキラキラと輝く日もそう遠くはないのだろう。
  

2021.03.28 / Twitter(1hwriting)
指輪のプレゼント。

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