デート
「……ほんとに消えちゃおっか」
椎名ニキはときどき不穏な言葉を口にする。
「それは、そのぉ……つまり……?」
夕陽が射す帰り道。楽しかったデートはあっという間に時間が過ぎて、気が付けばもう帰る時間になっていた。
ニキの隣を歩く礼瀬マヨイが横から顔を覗いてニキの様子を確かめる。疲れさせてしまったり、本来の予定からズレた行動をしてしまったのではないかとマヨイの胸が急に騒ついた。
今日はニキが新たに出場予定の料理コンテストのコンセプト探しと称したデートだった。マヨイの苦手な人混みに気を配りつつあちこちを食べ歩き、休憩に入ったカフェでまたデザートを食べて。他愛のない会話をたくさんして、たくさん笑い合って。
楽しくて楽しくて――楽しくて仕方がなくて。
このまま時間が続けばいいのにと願わずにはいられないくらい、ふたりはすっかりデートに夢中になっていた。
一応の帽子や眼鏡やマスクと言った類で変装を施していることもあり、互いの表情は見えにくいものの、雑踏の騒音に紛れさせたつもりの弱音は、ニキの隣を歩くマヨイの耳にはしっかりと届いていた。
「椎名さん……?」
道路側の道を歩いているマヨイはすぐ隣にあるニキの手をそっと掴んだ。そしてそのまま歩みを止めさせると、マヨイは不安そうに眉を下げてニキの前でオロオロし始めた。
「……本当は、何かあったんですよね?」
人混みに紛れて消えそうなマヨイの声量も、肩を並べて歩くくらい近くに居なければ届かない。
「……コンテスト、本当は出場したくないんでしょうか?」
掴まれたままの手はいつだって優しく甘やかしてくれる。こんな道端で立ち止まってしまうくらい何かに思い詰めていたらしい。食べ歩きをしていた時間中はそんな素振りも表情も少しも見せなかった。
ニキとマヨイは一歳違いだ。世の中には大したことないと思う人もいるだろう。一歳差なんて誤差だなんだと笑い飛ばす人もいるだろう。
それでもやっぱり、年上だから。学校にもろくに行ってないから。好きな人の前でくらい格好付けていたかったのに。
コンテストに出場することに不安なんてない。優勝する自信も新作レシピの考案へのやる気だってある。けれど――。
「……さっき気づいちゃったんっすよね、僕」
マヨイの肩にもたれかかるように、どこか縋るようにマヨイに抱きついて、肩と首の間に額をぐりぐり押し付けてくるニキの感情はずっと、ずっと溢れ出していた。
「僕ぁ料理人っすから、お腹空かせてる人は放っておけないし、空腹の辛さも一番良く理解ってるっす。でもね、マヨちゃん。僕、気付いちゃったんすよ」
ふたりの姿は、道端の途中で疲れた友だちを介抱しているようにも見えるかもしれない。でも、もうこの気持ちは友だちよりももっと、もっと大事な気持ちなんだと思う。
「僕、マヨちゃんのためにいっぱいご飯つくってあげたいっす。僕のつくったご飯食べて笑顔になってくれるマヨちゃんのこともっといっぱい見ていたいっす」
駄々をこねる子どものような、どこか拗ねているようにも見えるニキの声音はいつになく落ち着いていて、それでいて言葉に乗る感情は確かに強く感じられて。
「……ふふふ、椎名さん。それって〝嫉妬〟でしょうかぁ? 最後に寄ったお店から少し様子がおかしかったですし……原因はあのかわいいデザートでは……?」
お店を退店したあたりから確かにニキは痛みを感じていた。胸の奥あたりがむずむずと痛いそれが〝嫉妬〟に因るものだとしたら?
ニキが作った料理よりも美味しそうに食べている好きな人の蕩けるような笑顔を間近で見てしまったから?
「へ?」
ポカン、とした顔で面を上げてマヨイをマジマジと見つめる。伊達メガネ越しにマヨイの目を見つめると、彼は今日一番優しい眼差しでニキに微笑む。
「きっとそうに決まってます。私に譲ってくれた最後のあの大きな苺、本当は食べたかったんですよね……?」
甘砂糖がかかった宝石級の苺はブランドもので確かに高級品に数えられる。だけど、だけどだけど!?
「まっ、待って待って!待ってマヨちゃん……!?」
直球ストレートだと思った球は、直前であらぬ方向へ突き進んでいく。
ニキは慌ててマヨイの両肩を掴んで揺さ振って、「違う違う!」と否定を示す。途中までいい感じだったのに!? 何で!? 全然違~~~う!
「わわわ……っ」
「違うっすよ!? 本当にほんと~~に違うっすからね!?」
「えっ、では最初の店のくままんじゅうを先に私が食べてしまったからで……!?」
「えぇっ!?」
道中で慌てふためくふたりの姿は自然と目立ち始める。一緒に居るところを盗撮されるのはまずい、とは頭の片隅に浮かんではいたが、この難解な誤解を解くほうが先決に決まってる!
「も?! マヨちゃんもう食べられないです~ってくらい苺盛った特大ケーキ、これからつくるっすよ!」
「いい今からですかぁ!?」
「そうっすよ!今から!」
ぷんぷん、と頬を膨らませながらも見つめ合って笑い合うふたり。デートの終わりを寂しがるくらいなら、デートだって延長しちゃえばいい。
繋いだ手を離さずに駆け出して、急いで帰るは牙城のキッチン。ここがふたりの愛の巣になる日はそう遠くない――?
「まっ、待ってください! 椎名さぁん……♪」
やきもち。
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