流れ星
「すっかり夏ですねぇ」
寮までの道のりを、ふたりはときどき遠回りして帰る。一ヶ月の中でもふたりのスケジュールが重なる数少ないチャンスの日。帰る場所は同じでも、同じユニットでもなければ同室でもないふたりがゆっくり話す機会は望むほどそう多くはなかった。
だから、ふたりは街中をグルグルと探索するように歩いて帰路に着く。半袖でも過ごしやすい初夏の夜は日中の暑さの名残もまだ薄く過ごしやすいため、わざと遠回りをしてもその足取りは軽かった。
バイト終わりに待ち合わせをする誰も居ないカフェはいつもより広く感じて、いつもよりも静かで。カフェで合流をした後は、ニキがまかない料理と称した夜ご飯を食べるその傍らで、マヨイはレッスン明けの疲れた身体を癒す糖分と酸味が効いて美味しい特製のレモネードをご馳走になる。
そうして、ニキが食べ終わるのを待つ間、マヨイはグラスに両手を添えて他愛のない会話をすることが、ESビルでの予定が重なった時のお決まりのデートコースになりつつあった。
楽しいあまりつい長話をして、帰る時間がすっかり遅くなってしまう。外に出ると商業ビルやネオンの灯りが程なく消えて、月や星の明かりが目立ち始める。
散歩を楽しむふたりの話題は夏の間に行ってみたいデートの話になった。
「そうっすねぇ。夏っすから、一緒に海とか行きたくないっすか?」
「えぇっ!?」
「えっ? も~、マヨちゃんは何を想像したんすかねぇ?」
何を妄想したのか想像できてしまうくらいデレデレに照れた顔をするマヨイ。それを横から覗き込んだニキが楽しげに笑う。
「べっ別に何もそんな疚しいことは何も……っ………っ………すみませぇん……」
「なっはは、ほんとマヨちゃんと話すの楽しい」
そんな帰り道。ニキとマヨイは暗がりの夜道にこっそりと指先を触れ合わせる。そうして人の目を盗んで少しずつ手を繋いでいく。
少し見上げれば、空高く澄んでいる夜の空に星々が散り散りに耀いており、肩を並べて歩くふたりを優しく照らしていた。
「……でも、海はいいですね。あまり行ったことはありませんがぁ……」
「海と言ったらスイカ割り♪ かき氷っ♪ 焼きそば~♪ あ~やっぱり海開き中は海の家でバイトするのもいいっすよねぇ♪」
「もう、椎名さんは相変わらず食べ物のことばかりじゃないですか」
「え~、だって生きてくのに絶対必要なことっすよ~? じゃあ、マヨちゃんは何食べてみたいっすか? あ、ハイビスカスを飾ったりしたトロピカルジュースとかもあるっすよ♪」
ご機嫌な様子で『海の家の美味しいもの』をマヨイにプレゼンをしていくニキに、マヨイも思わず笑ってしまう。楽しそうに話してくれるニキがオススメするそれらを食べているところを想像してさらに笑みが零れていく。
「ふふ、それはきっと愛らしいんでしょうねぇ」
「ね、絶対マヨちゃんには似合うっすよ。この辺にお花でも差したらきっとかわいい」
そう言って、マヨイの耳の辺りにそっと触れる。
「わっ、わたしですかぁ!?」
「へ? 僕ぁ、マヨちゃんが好きっすからかっこいいところもかわいいところも見てみたいっすけどねぇ?」
手を繋いだままマヨイの前に向かい合うように移動したニキは、後ろ向きに前へ進みながらニコッと笑いかける。好きだからこそどんな姿も見たい。そんな眼差しがマヨイには居たたまれなくて。けれど、その気持ちが嬉しくて。
照れたようにはにかむマヨイがニキへ向ける視線にも、ニキと同様の気持ちが見え隠れする。
「……あ。あ!流れ星っすよ!ほら!」
すると突然、ニキは立ち止まって大きな声を上げた。マヨイの後方の空を指差す。それがあまりにも唐突過ぎて「え?」と、マヨイもつられてその方向を見ると、確かにその星の尾尻が見えた。
「願い事は流石に間に合いませんでしたが……ふふ、良い気分になりますね」
「ご飯ご飯ご飯……!」
ふとマヨイがニキを見ると、星屑の姿が見えなくなっても必死に願掛けをしている最中だった。ニキらしいその願い事には微笑ましくなったものの、当のお星様は地平線の彼方へ散ってしまっている。
「あのぅ……もう過ぎ去っちゃいましたよ?」
手を合わせ、目を閉じてお祈りし続けるニキにマヨイがそっと声を掛けると、今度はマヨイに向かってお願いをし始めた。
「海デート海デート海デート!」
こどもにおねだりをされているような錯覚さえ感じてしまうほど、ニキの純真な眼差しがマヨイに向けられていた。その眼差しにマヨイは愛らしさを感じつつも、そのお願いの内容には困惑を隠せない。夏の海に対するイメージがあまりにも自身とはかけ離れているせいでもあった。
「えぇっと、あのぉ……椎名さん……?」
「マヨちゃん!」
「はひぃっ」
そして、ニキはまた突然にマヨイの肩を掴んできた。今度はしっかりと瞳を見つめられ、その眼差しからはニキの意思の強さが窺える。
「僕とデートしてください!」
掴まれた肩をぐいっと引き寄せられ、マヨイはニキの腕の中に抱き締められていた。
「へっ!?」
「今度のオフの日、絶対……絶ぇぇぇっ対! 僕とデートしてください!」
ぎゅうっと抱き締めて、お願いを続けるニキにはここが公道のど真ん中であることも、時間帯が遅く人気も無いから少しの騒ぎも目立つことも頭から抜けているようだった。だから、マヨイが慌てふためく。ふたりが交際をしていることはまだまだトップシークレットだったのだ。
「わっ分かりましたからぁ……! 少しだけお静かに、ねっ? ねっ?」
コクコクと何度も頷いてデートに同意を示し、今はとにかく静かにさせようとニキの顔を間近に見つめるマヨイもニキの背にそっと腕を回した。周囲の状況に冷静に対処しようと努めながらも、ニキの想いが嬉しくて、マヨイは抱き締め返さずにはいられなかった。
外の世界には、たくさんの美しいものがある。まだ見ぬまだ知らぬ場所がたくさんあるのだろう。
ALKALOIDの仲間が出来て、ニキと過ごす事が増えて、マヨイは見聞したり体験したりする機会が増えた。人前に出ることが苦手で引っ込み思案なところも理解してくれたうえで、この手を引っ張ってくれる好きなひとがマヨイの周りにはたくさん現れた。
それがことさら嬉しくて幸せなことだとマヨイは感じている。
――これ以上、願うのは罰当たりかもしれませんがぁ……。
水平線と地平線の交わった先の向こう側にはどんな景色があるのだろう。もっと色んな世界の姿を椎名さんと見てみたい。マヨイはそう願わずにはいられなかった。
ゆっくりと歩みを再開したふたりを遠い彼方から星が追いかけてくる。まるでふたりの願いを叶えようとしてくれているかのように。
「なはは?、星にお願いするより、マヨちゃんにちゃんと言ったほうが叶うと思って♪」
「それくらいのお願いなら……いつでも喜んでしますよぉ。椎名さんとならどこへ行っても楽しいでしょうしね……♪」
ふふ、とより一層優しい笑みを溢すマヨイの手を引っ張ってニキと共にふたりは歩く。寮までの残りの道のりもふたりの楽しげな声が弾んでいた。
帰り道。デートに誘う。
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