パジャマ

「弟さんのそれっておニューな感じっすね」
 寮で同室の天城一彩がベッドの上で寛いでいるところに帰ってきた椎名ニキは、一彩を見るなり物珍しそうな視線を向けた。
 見慣れないそのパジャマを誇らしげに着ている一彩に声を掛けずにはいられなかったのだ。
「椎名さん、おかえりなさい。実はそうなんだ! これはALKALOIDの皆とお揃いで購入したものだよ! どうかな?似合っているだろうか?」
 雑誌を片手に横たわっていた一彩は、上半身を起こすと、両手を腰について着ている自慢のそのパジャマを見せびらかす。
「ただいまっす。へぇ、ホントに仲良いっすよね~、ALKALOIDのみなさんは。お揃いってことは、つまり?」
 襟の付いたごく普通のパジャマではあるものの、まだ少しもくたびれていないそれは一彩のイメージカラーである緋色に、胸元にはワンポイントのスペードがあしらわれている。
 ユニットとユニットのモチーフに愛着を持って接する彼らに、ニキは少しの羨望と愛惜の眼差しを向けてしまう。
「ウム! 僕は赤だけれど、マヨイ先輩は紫だよ!」
 一彩の得意げな笑顔を向けられると、ニキはついたじろいでしまった。
「聞いてない情報をどうも~。なはは……」
――ううぅ。まさかバレちゃってるんすかね……?
 一彩と同じユニットに所属する礼瀬マヨイとニキは念願叶って交際をしている。お付き合いを始めたのはごくごく最近で、まだ誰にもそのことを打ち明けてはいなかったのだけれど……。
 勘の良い兄弟に隠し事は難しそうで。いつかはきちんと打ち明けるつもりでも、まだマヨイとの秘密の関係を育てていきたいとニキは思っていた。
「ちなみに、藍良は黄色……じゃなかった。クリーム色という色で、巽先輩は緑にしたよ。僕たちは週末に合宿を予定していてね。そこでこれを着る約束をしているんだ」
 マヨイと週末の予定を共有するような深い仲にまで発展できていないニキは、こうして時々同室の一彩からALKALOIDとマヨイの予定を教えて貰っていた。
 もちろん守秘義務があるから、他の誰にも口外するつもりはないけれど、マヨイから直接聞いていない情報まで知れてしまうこの環境にニキは少しの後ろめたさを感じたりする。
「へぇ~、そうなんすねぇ。合宿ってどこに行くんすか? 遠くっすか?」
「天祥院先輩に旧館の一室を貸してもらう許可をもらったからそこで一泊二日の予定だよ。藍良はパジャマパーティーと言って楽しそうにしていたけれど。パジャマパーティーとは一体何をするんだろうね?」
 ニコニコと笑顔を向けられるニキは反対に胸の辺りがチクチクと痛み始める。
 マヨイとはニキはまだお泊まりをしたことがない。それどころか手だって握れていない。マヨイとはようやく「好きだ」と告げることができて、マヨイも同じ気持ちであることをやっと確かめ合うことができたくらいだ。
 ニキとマヨイの恋仲は巽のドライブテクニックのような急加速では進展してくれそうになく、ふたりの関係は各停電車のように一歩ずつゆっくりと進んでいくしかなかった。
 けれど、それくらいの進展でも心地良くて。ゆっくり時間をかけて大事にしていきたくて。
 そう自分の気持ちとマヨイへの気持ちを確かめると、ニキの胸に芽生えた嫉妬の火種はすぐに萎んでいった。
 代わりに芽生えたのはどんな合宿をするのだろう?という好奇心だった。
 年の近いALKALOIDの面々は皆、まだ学生だ。そんな四人が集まって合宿ともなれば、パジャマパーティーと称することにも頷ける。
 ニキが思いつくパジャマパーティーと言えばひとつしかなかった。その様子をALKALOIDの四人で想像しながら一彩の問いに回答する。
「定番はやっぱり枕投げじゃないっすかね?」
 布団を敷き詰めた部屋でそれぞれの枕を投げ合う遊び。じゃれ合う仲の良さが簡単に想像できるALKALOIDの皆の想像上の姿に、ニキは微笑ましくさえ感じた。
「フム。枕を投げ合う……。つまり、枕を使って倒した方が勝ちということかな。まさに合宿にもってこいの勝負のようだね!」
 得意そうに鼻を鳴らす一彩の目が戦闘モードになって輝き始め、ニキは焦って忠告を送る。
「いやいやいや!本気出しちゃ寝られなくなっちゃうっすよ~。程ほどが一番っすよ。それに程ほどにしないと怪我をしちゃうっすからね。気をつけるんすよ。あとはやっぱり恋バナじゃないっすか?」
「恋バナは知っているよ! 藍良がドキドキしながら話してくれるあれだね!」
 旧館の一室に四人で暮らしていた頃に、眠れない夜にしたことがあるらしい。それを思い出して一彩が少し照れ混じりの笑顔を浮かべる。
「どんな話をしてるかは分からないっすけど、たぶんそれが恋バナってやつっすよ。弟さんも恋バナなんてするんだ?」
「僕は藍良のことが好きだから藍良のことをよく話すけれど、マヨイ先輩は椎名さんのことをよく話してくれるよ!」
 そう言えば――と、続けて打ち明ける一彩の衝撃告白に、ニキは思いも寄らぬ砲撃を食らったような心持ちだった。
「そうなんすか? マヨちゃんが?」
 あまりの衝撃発言に、ニキの足下がふらふらと覚束ない。バイトのまかないを食べた後で空腹ではないのに、その場に倒れ込んでしまいそうだった。
 うう、と唸り声を零しながら一彩の爆弾発言に耐える。ニキの知らない場所で語られる自分への想いが、どのような顔で語られているのだろうと想像してしまう。
 嬉しい顔、優しい顔、照れた顔、どんな顔をしてマヨイは自分のことを話してくれているのだろう。
 ニキは胸の辺りがぎゅうっと締め付けられるような心地に囚われた。それは、幸せな痛み。
「ウム。マヨイ先輩は幸せそうに話していたから、僕はてっきり椎名さんとお付き合いをしているものだと思っていたのだけれど」
 もうこれ以上、爆弾を与えられたら嬉しさや恥ずかしさで死んでしまう。
「……そ、そうなんすね……知らなかったっす……」
 かぁぁと、顔や胸のあたりが熱くなっていく。嬉しさが心臓の辺りで爆発しそうで息が苦しい。
 ニキはよろよろと自分のベッドに倒れ込んで真っ赤に染まる顔を隠した。とてもじゃないけれど、こんなに緩んだ顔を他の誰かに見られるのは恥ずかしい。
 それくらいニキは喜びに表情が綻んでいた。
 マヨイとお付き合いをするようになってから、マヨイとの距離の詰め方を悩みあぐねていたニキの心のモヤモヤが過ぎ去った台風一過のあとの青空のように晴れていくようで。
「椎名さん? もしかしてお腹が空いてしまったのかな? 今、食料を持ってくるから少しだけ我慢していてほしいよ!」
 急に前触れなく倒れ込んだニキに一彩は慌てて駆け寄ると、ニキの肩をゆさゆさと揺すって状態を確かめる。
 以前、空腹に倒れ込み死を覚悟したニキと遭遇したことのある一彩は、このような状況の対処法をその時に学んでいた。
「ううぅ……ゆっくりで良いっすよぉ…………」
 とは言え、ニキは少しも空腹ではなく、寧ろ嬉しさと喜びでお腹がいっぱいだ。
 一彩の着ていた真新しいパジャマから知ってしまったマヨイの知らなかった一面を知ってしまったニキは、マヨイとのお揃いのパジャマをまだ引き払っていないアパートに用意しようと心に深く誓った夜だった。
  

2021.09.19 / Twitter(1hwriting)
ニキが一彩から聞くマヨイの話。

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