本音とにらめっこ

「あのぉ……?」
 久しぶりにふたりが一緒に過ごせる時間だった。
 今日のようにふたりのオフが重なった日は、一緒に過ごすことが多くなった。いわゆるお泊まり会。レジャー隊のふたり活動版。
 今日はお互いに雑誌インタビューやグラビア撮影の仕事を終えたばかりで、しかも、明日のスケジュールは午後からだった。こんな好条件のお泊まり会は久しぶりだ。
 ふたりはダブルソファに並んで座り、お互いを優しく抱き締め合っていた。長い抱擁は会えなかった時間に感じた寂しさや不安を払拭してくれるものだ。
「椎名さん……?」
 だから、その時間が長ければ長いほど、会えなかった時間に何かあったのだろうか?と、マヨイに不安の種が芽生え始めてしまう。
 ニキはスキャンダルの話題を欠かさないユニットに所属しているということもあり、マヨイは不安げに名を零す。
「……マヨちゃん充電ちゅうっす」
 そう言ってニキは自身の腕にマヨイを更に閉じ込めた。
 頬擦りするくらいにぴったりとくっついて、ニキはマヨイから少しも離れるつもりが無いらしい。まるで電源を喪った電化製品のように静かに目を瞑って、ニキはマヨイの体温や匂いを始めとするマヨイのすべてを感じ取り自分の心を満たしていく。
 ニキにとってももちろんマヨイにとってもこの抱擁は心地良い時間だった。

 この腕を振り払われないことが嬉しい。
 怖がらずに受け止めてくれることが誇らしい。
 不安そうに名前を呼ぶその声が愛おしい。
 触れたそうに手遊びするその指先までもがかわいい。

 マヨイの首筋に鼻先を埋めているニキは、ただマヨイを抱き締めているだけで満たされていく。空腹も忘れられるくらい、マヨイの全身から放たれる愛情がニキを丸ごと包んでいくようで。
「……ふふふ、私なんかで良ければ喜んでぇ……」
 感じ取ってしまう恋心をマヨイは抱擁で返す。本当はキスもしたい。それ以上のこともしてみたい。でも今は、こうして体温を分け与え合うこれが最適解なのだと思う。
 求められていることに応えたいと思ってしまう。そういう愛情もきっとあるはずだ。
 マヨイから力強く抱き締め返されると、ニキは「なははっ」と少し頭を上げてマヨイの目を見つめた。嬉しさと幸せに満ちた照れ笑いを浮かべてくるニキに、マヨイは気持ちが通じ合っているように思えて、嬉しさや愛しさが止め処なく溢れてくる。
 それに至近距離に見るニキの微笑みはマヨイの胸を穿つほどのインパクトがあった。マヨイは笑うと少し幼くなるニキの笑顔が好きだった。
「椎名さんはお疲れでしょうかぁ? それとも何か軽食でもお作りしましょうかぁ……?」
 ニキの抱擁に応えて背に回していた片方の手を、マヨイはニキの頬にそっと触れさせる。
 そうして頬を撫でられたニキはまた嬉しそうに微笑った。それを向けられて、またマヨイも照れ笑いを浮かべる。
 そう繰り返しているうちに再びふたりの視線が絡み合う。
 マヨイの手料理という誘惑。小腹が空いたと感じているものの、ニキは揺らいでいた。
 マヨイはすぐ近くあるニキの顔を見つめたまま首を傾げて答えを待った。
 もしかすると、お腹が空いて元気がないのかもしれない。先に帰ってきたのはマヨイのほうだった。気を利かせて何か準備でもしておけば良かった。
 そんな後悔が募り始め、顔色が曇ってきたマヨイの提案にニキは首を横に振って答える。
「今はマヨちゃんでお腹いっぱいだから、そんな顔をしないで……ね?」
 マヨイの気持ちが嬉しかった。それは本当だ。
 お腹が空き始めた。それも本当だった。けれど、今はまだこの子を独り占めにしたい。この腕の中で自分のことを想って不安を滲ませるこの子を甘やかしたい。
 マヨイの不安を取り除こうとするニキの胸の内側から何かが込み上げるものがあった。これが愛情というものなのだろうか。
 悲しい顔をさせたくない。マヨちゃんにはたくさん笑っていてほしい。
 ニキは込み上げてくる好きの気持ちごとマヨイを抱き締める。ぎゅうっと抱き締め直し、不安を取り払う。そして、この気持ちが伝われ!伝われ!と願いも込めながら抱き締め続ける。
「……はい。……あ、あの、私……椎名さんに抱き締められると私、変なんです。あっ、私は元々変人で変態ですけど、こんな私ですみませんすみませぇん……。……でも、椎名さんに抱き締められているとここに居ても良いのだと……錯覚してしまいそうですぅ……」
 ニキの腕の中で慌てふためいたり安心しきった顔で微笑んだり忙しく感情を打ち明けてくれるマヨイのほうから抱擁を解いた。
 少しだけふたりの間に距離をつくり、そうしてお互いの顔がしっかりと見える位置で、マヨイは嬉しいような恥ずかしいような表情で微笑んだ。
 マヨイの言葉を一言一句逃さずに聞き取って、飲み込んで、ニキは何度目かも分からない笑顔をマヨイに向ける。ニキの胸で高鳴る恋心が少しでもマヨイに伝われば良いと願いながら。
「……マヨちゃんは僕に好かれてるってもっと自信持っていいっすよ」
 行き場を無くしたマヨイの手を掴み、不安の宿るマヨイの指先を擦って緊張を解いていく。言葉と共にマヨイを安心させていく。
 気持ちは言葉がなくても伝わる。でも、伝わらないこともある。それなら言葉にして、声に出して伝えていくほうがもっと良いに決まっている。
 ニキの好きの気持ちが次第に繋いだ手からも溢れていった。
「……ふふ、私も……ふふっ……」
 肩を竦めて笑うマヨイ。伝わった気持ちがマヨイの胸を擽る。
 ああ、どうしてこんなに心地良いのだろう。
 この気持ちはもしかするとアイドルに対して想う愛情なのかもしれない。それとも、本当にひとりの人として――。
 ふたりはまだ若い。人生はまだまだ続く。だからこそ、ゆっくりとこの気持ちに向かい合っていきたい。時間をかけて向き合っていってほしい。
 ふたりのこの恋心が愛に変わるその瞬間まで――ふたりはお互いの気持ちと向き合い、時に疑い、そして確信を持て伝えられるように、時間をかけて睨めっこをしてこの気持ちを確かめ合っていくのだろう。
 ふたりが本音を包み隠さず打ち明けられるようになるまで――ふたりは少しずつ愛情の練習を重ねていく。
  

2022 / Twitter(1hwriting)


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