君の手
槙島×狡噛
陽だまりの温かさも消えた夜更けの部屋は凍てついたようにシンと静まり返っていた。
開いたままの窓の隙間から風が入り込む音はすれど耳障りな音ではなく、耳を澄ましているとはっきりと聞こえてくる穏やかな寝息と荒い呼吸のハーモニー。
闇の中ですっと伸びていく男の腕。逞しいそれが向かう先は決まっているらしい。隣に眠る生かしてしまった男に跨ると眼下で無防備に晒された色白な喉を、狡噛慎也はその大きな手で締めにかかった。
ゆっくりと、そして確実に、目の前の気道を圧迫して呼吸を封じていく。生きている証拠を殺していく。
はぁ、はぁ――と、繰り返す呼気が槙島聖護の顔に吹きかかる。ぽたり、と汗のような滴が真下に落ちて槙島の頬を濡らした。
温かさを失った冷ややかな滴がツーっと伝う。どうやら気づいていない様子の槙島は、起き上がることもなくその手をも受け入れている。すぐ近くにまで忍び寄ってきた死の足音は、共に生活を送る狡噛が引き連れてきた。
しかし、槙島がそれを今更苦に思うこともない。
穏やかな呼吸はいつまで経っても一定のリズムを崩さず繰り返され、僅かに聞き感じられた呼吸音が狡噛の漏らす言葉を聞きそびれてしまわぬようより静かになったくらいで、変化は何ひとつない。
死の足音は確かに近づいて、そしてそのまま、その足音は通り過ぎてしまった。
――まだダメらしい。
肌から直に感じる他人の体温がそっと離れていった。両手に詰まった、溢れるどす黒い感情の渦が、手のひらで視界を覆う狡噛の顔に塗られていく。汚れていく。
――仕方がないな。
心の内で呟いて、槙島はゆっくり瞳を開いた。真上にいる狡噛をただジッと見つめる。
「……狡噛?」
声のトーンは演技だ。思考の海が氾濫している狡噛にはあっさりとそれすらも通用してしまう、彼のごく僅かな弱さ。いや、甘さ。
「……僕はいつだって覚悟できているよ」
そう囁いて槙島は、自分にはとても甘すぎるそれを、今夜もその腕にそっと抱きしめた。