最低で最高な兄弟
槙島×狡噛
「何言ってんだ!お前のせいだろ!」
肩に乗せていたショットガンの銃口を突きつけて叫んだ。
ほんの数秒前までスムーズに戦略は進んでいた。あと数分もあれば成功していた。たった一瞬の隙が仇となって、二人の作戦に障害をもたらした。
「あ〜、もう!お前ってやつはどうしてこうなんだ!」
クソ!と苛立ちに任せて床を蹴る。空を切り、それから地団駄を一度だけ。苛立ちを全身から溢れだしている銀行強盗犯――慎也は、スチール製のテーブル前で人質の女性を傍らに抱え込む男に向けて、溜息やら苛立ちやらを込めた銃口をもう一度押しつけた。
「ひぃっ」と、女性が悲鳴を上げる。それを腕の中で聞いて愉悦に口元を歪ませる慎也のもう一人の仲間。
出来損ないの最低で最悪な弟。たった一人の俺の身内。それでいて最高の相棒。
それが俺の弟――聖護だ。今、女性行員を人質に、戦略を引っかき回している張本人でもある。
「元はと言えば、この作戦は君が考えたものだろう」
不満ありげに聖護は人質に突きつけている特大剃刀の角度を変えた。刃が皮膚にほんのり食い込み、うっすらと赤い鮮血が伝う。
こんなことは作戦になかった。人を傷つける意思はない。一度だって。
慎也は、銃の先端で聖護の額を小突き、詰め寄る。
「今すぐその人を解放しろ!」
「解放したところで何になる?隙を与えて通報されるのがオチだ。ならば、こうして拘束しているほうがいくらかは安全だ」
「お前が余計なことをしたから安全じゃなくなったんだろうが!!」
「君の作戦に欠点があっただけだろう」
「おれのせいか!?」
「そうだ」
「そんなに恨めしいか!戦略に参加させなかったことが!」
「ああ。とてもね」
「っ、そうかよ……!」
ぐしゃぐしゃと、銃を持たない手で頭を掻く。こればかりは慎也のほうに非がある。とはいえ、作戦は決行前にきちんと伝えたし、それに聖護も納得したはずだ。
だからこそ、こうして実行したというのに、今さら不満をぶつけることがあるか?あり得るか?
慎也は頭を掻いた手を下げて額と視界を覆った。腹から深呼吸して冷静を取り戻そうとする。気持ちばかりの平静が戻ってくると、「分かった」と聖護へなだめるように手のひらを向けた。
突きつけていた銃は下ろされ、人質の顔色が少しだけ戻る。聖護は銃を突きつけられていようと、冷や汗の一粒すら掻かない。それが慎也には憎たらしい。
「それで、これからどうするんだ?」
「どうするもこうするも逃げる以外にあるか!?」
「どうやって?」
「そりゃあどうやってもだ!」
「はは、力尽くか。まあいいだろう」
ほとんどの人が気を失った銀行内は、二人の口論がよく響く。慎也は紙幣を詰め込んだバッグを背負い直し、周囲を見渡した。
戦略に組み込んでいた万が一のための逃走経路を思い出す。
「地下通路?」
「ンなもんはない」
「では屋上?」
「ヘリなんかあるかよ」
「じゃあ地上しかないよね。車へ急ごう」
聖護は人質が無抵抗だと悟ると、剃刀を下ろして裏口へ進んだ。慎也も聖護の背後に己の背を向けて後方を警戒しながら先を急ぐ。
人質の女性は小柄なせいか、すっぽりと聖護の腕の中に収まっていた。やや引きずられる形で先を歩く聖護に何とかついて歩いている。片方の靴は途中で脱げてしまっていて、ひどく歩きにくそうだ。
だが、容赦はしない。裏口の扉までやってきた。耳を澄まし、外の気配を探る。すぐ近くのところまで警察がやってきている。サイレンの音で聞き分ける。
「おい、急ごう。もうそこまで来てるぞ」
「分かってるよ。僕が先?」
「人質の意味が無いだろ」
「それもそうか」
「おいおい、冗談は止してくれよ」
「冗談は本の世界だけにしておくよ」
「そうだと助かるね」
慎也は銃の安全装置を外した。いつでも狙撃できる構えでタイミングを計る。
扉は引き戸だった。右側に聖護と人質、左側には銃を持つ慎也が並び、互いに一度だけ目配せをした。
それが合図――。
「生きて好きなことをやろう」
「楽しまない人生などごめんだね」
二人と人質が一斉に駆け抜けた。銀行の裏手に停めておいた車まで走り抜く。緊急出動したパトカーが後ろから二台、前方から一台向かってきている。
間一髪で車に飛び乗る。車にさえ乗り込めれば人質など要らない。悪名高い兄弟の人生に他人なんか必要ない。
乗り込む寸前で、聖護は人質を解放し、車に飛び乗る様はさながら映画のスタントマンのよう。
「よし!行くぞ!」
ほぼ同じタイミングで慎也も車に飛び乗った。
手荒にドアを閉め、急いで眠っていたエンジンを起こす。
踏み込むアクセルは全開。旧式の古い車は悲鳴のようなうなり声を上げて走り出した。
「ほらな、俺の戦略に問題なかった」
「よく言うよ。僕の機転が冴えたからだろう。人質がいなかったら失敗してた」
「はっ、どうだかな」
いくら互いに鍛え合っているとあっても、全速力で駆ければ息も上がった。
緊張と高揚感に全身が支配されるこの感じがたまらない。
「だが、まあ――」
「成功ってことにしようか」
「だな」
そう言って、にやっと笑い合った二人がハイタッチを交わした。銀行はどんどん遠ざかっていく。追いかけるパトカーの姿も小さい。
俺たちの手にかかれば銀行強盗だって朝飯前。これで俺たちは金持ちだ。あとはセーフハウスでほとぼりが冷めるまで身を隠して、また別の国へ向かうだけ。
そう、これが俺たちの人生。最低で最高に楽しい日々。
「次はどこへ行くんだい?」
「どうせやるなら世界制覇するのも悪くない」
「ふふ、それは名案だね。のった」
「だろぉ?これからもよろしく頼むぜ、兄弟」
「まったく都合が良すぎるな、兄さん」
二人の悪名高い兄弟の旅は続く。