01.月曜、怠惰を抜け出して
アラームが鳴るよりも先に起こされる朝にも慣れた頃。否応なしに開け放たれたカーテンから差し込む朝陽に目が眩んだ。
同室の聖川が平日だけは文句を言いながらも律儀に声を掛けてくる。起きろ、神宮寺。何度目かも分からないその言葉を遠くに聞きながら、レンは逃げるように再びシーツに紛れ込んだ。
「好い加減起きろ、神宮寺。遅刻してもしらんぞ」
それから暫くして扉の閉まる音。出て行く最後まで聖川の喚く声は止まなかった。否、起きれば止む話なのだろうけれど、中々寝付けない夜が終わったのだ。少しくらい眠りたいと言う気持ちが強かっただけ。オレだって眠りたくない訳じゃない。
朝陽を浴びながら夢の狭間へとトリップするまでそう時間は掛からない。これもレンにとっては日課のようなものだった。暗い夜よりは明るい朝の方が眠れやすい。
だからと言って遅刻をしてもいい理由にはなりませんよ。何時だったか、あまりにも眠れなかったので不意にトキヤに電話をした時だっただろうか。真夜中の電話、数コールで切ろうとしていたにも拘わらず、応答してくれたのはトキヤの優しさか、それとも気紛れか。
何故起きていたのかは聞かなかったが、電話口から聞こえる声は酷く安心出来るものだった。心配の孕んだ声にどうしたのかと問われて、つい素直に眠れないんだと告げてしまったことが発端ではあるのだけれど。
自分のことを誰かに吐露してしまうことなど初めてで、レンは戸惑いを隠せなかった。けれど、そんな戸惑いを感じ取ったのか、電話口のトキヤは普段以上に優しい言葉を紡いでくれた。
どうしてそうしてくれたのかは未だに謎のままだけれど、その優しさがレンには嬉しくて、時々、聖川が居ない時にだけ電話を掛けるようになっていった。
甘えているとは自覚済みだ。夢の中で(と言うよりは願望による妄想かもしれないが)、そんなことを描くことで睡眠への近道を探る。それもいつものことに過ぎない。
「………ん…」
うとうととし始めた頃、レンを襲う次なる刺客は携帯電話だった。重たい腕を伸ばして渋々それを取る。光る着信ランプがメールだと告げていた。
電話でないのならば放っておこう。一瞬だけそう過ぎったが、確認だけしようと瞳を擦りながら受信フォルダを漁る。
「…ッ、」
新着メール一件。その差出人の表示はイッチー。眠気など一気に覚めた。
『このメールを見ている時にまだベッドの中でしたら電話をしなさい。遅刻は許しがたいですが、きっと今夜も眠れなかったのでしょう?今の時間なら私もまだ移動中で話をするくらいの余裕はありますから。待っていますね。追伸、起きていたのなら謝ります。』
ふふっと、笑みが零れていた。見透かされている自分への嘲笑、それから嬉しさの微笑みが混ざる。
不思議な気持ちだ。眠れないことで冷える心が一つのメールでこんなにも温かくなるのだから。どうしてかはまだ分かりたくないような、分かりたいような曖昧なところだ。つまりは現状維持が妥当なところ。
トキヤは厳しさが目立つが優しい性格をしている。周囲に興味がないと壁を作っているようでそれは嘘だ。本当は求めているのだ、理解者を。きっとそれは誰にも言えない秘密で、それにオレが気付いていることもトキヤにはお見通しなのだろう。
だからこそこうして心配をしてくれているのだと思う。
「朝から現場ってことはイッチー居ないのか……」
トキヤが居ないなら授業もつまらない。それは嘘じゃない。起きようかとも思ったが眠ろうとも思った。しかし、どちらにせよまずは電話が先だ。きっと落ち着かない様子で携帯電話を握りながらオレからの着信を待っているに違いない。
そう思うとどうしようもなく嬉しさが込み上げた。シーツを身に巻き、じたばたとしたい衝動に駆られるくらいには惚れていた。そう、オレはイッチーに恋をしている。
決して伝えてはいけない想いだけれど、想うことは自由だ。表情や感情を隠すことは得意な方で、トキヤに悟られない自信はまだ辛うじて残っている。けれど、今の状態のまま電話をしてしまえばそれも分からない。浮かれた気分が声に乗ってしまうかもしれない。
どうしようか。レンは未だ迷っていた。電話を掛けようか掛けまいかを。掛けない方を選ぶことはないけれど、今は少しだけ落ち着かせる時間が欲しい。
枕に顔を突っ伏して深呼吸を繰り返す。時折、横目で覗いた携帯電話が痺れを切らした着信を鳴らすのではないかと、ソワソワしつつ判断を選ぶ。そう、二人の距離を縮める通話をするか、しないか。その選択はレンに委ねられていた。
「…ホント、イッチーはずるい…(しない訳ないだろう)」
トキヤの思惑通りと言うべきか、それからレンが通話開始のボタンを押すまで時間はそう掛からなかった。落ち着く為の深呼吸を一つすることも忘れない。
『おや、お早うございます、レン。今から眠りますか?それとも私と話をしますか?』
「おはよう、イッチー。…話をする、に決まってる…少し眠りたいんだ……」
『ふふ、時間が許す限りですが喜んでお相手しますよ、レン」
優しく弾んでいく会話。溢れ出す安堵に誘惑され、レンが眠りに就くまでは時間の問題。
そうして二人の恋が少し縮まった朝、二人の心に少しの幸せが芽生えたのだった。