シアワセメロディ
静かな部屋にペン先の滑る音が響く。砂月の部屋に遊びに来ているハヤトは、彼の指先が生み出す調べが大好きだった。
呼吸をする事も躊躇う静けさ。集中している横顔を遠くベッドの上から眺めていたハヤトは、彼の世界に飲み込まれながらも、ただ静かに砂月の手が止まるその時を待つ。
大好きな彼の新しい曲が聴けるのなら、一人の時間も辛くない。
うつ伏せになり、リズムを奏でるように宙を蹴る。勿論、音は立てないように細心の注意を払う事は忘れない。
「………♪」
ふわふわのベッドの上で、ハヤトは部屋に広がっていく沢山の音符たちを掌に収めては、宙へ解き放つ。溢れて止まない想いを流れてくる音符に乗せて、部屋中に浮かぶメロディの子どもたちを眺めていた。
そうした一人遊びにも満足してきた頃、不意に新しい音が耳に届いた。
「!」
新しい曲が完成したらしい。
とんとん、とリズムを取って最終調整する砂月の表情は満足げだった。そして、頷いた砂月が漸く顔を上げてハヤトを見やる。
すると、どうだろう。解かってっていたかのように、ハヤトがさきほど色づけた音符たちが、砂月と、彼が書き上げた楽譜の元へと集まっていく。
まるで、砂月の音楽とハヤトの想いが一つになろうとしているようで――。
「…歌ってみるか?」
そう言って、砂月が自信の帯びた笑みを浮かべてハヤトを見る。
「歌うにゃあ〜!♪♪」
ハヤトは手渡された楽譜を一通りなぞっていくと、こくんと頷き、咳払いを一つした。
そして――、静かだった部屋はハヤトの歌声で満ちていく。
砂月の歌はいつだって大切な人を想って作ったもの。譜に乗るメロディの強さは想いの強さに比例し、それを大事な存在になってしまったハヤトに託す事で昇華する。そうして想いを伝えている。
「〜〜♪」
一度、譜面を見ただけでも、完璧に歌いきる事が出来るハヤトの実力もまた凄みの一つだろう。
楽譜を片手に、大好きな砂月の前で彼が作った新曲を歌う。
歌っていく内に嬉しさと喜びと、少し恥ずかしい気持ちになるのは、きっと譜に添えられた言の葉の所為だ。毅然と歌うことは出来ても、嬉しさに緩む表情は誤魔化せない。
「……どうだ?」
歌いきったハヤトの手を掴む。そうして、砂月はハヤトの逃げ場を奪うのだ。
砂月の熱い想いが込められた曲に絆されたハヤトは、頬を紅色に染め、照れ臭そうに笑って砂月に抱きついた。
心から溢れ出す『大好き』な気持ちが二人分、部屋に充満する。歌うことで部屋中に散らばった愛の音符たちと想いが融合し、二人の距離をグンと縮めてくれる。
「すっごく良い曲だにゃあっ♪ボク、この歌だ〜いすきっ!」
すりすりすり、と砂月の胸に顔を擦り付ける。マーキング行為のようなそれを甘んじて受け入れながら、砂月も照れたように苦笑していた。
ハヤトを想って作曲した数は両手で足りないくらいある。これからも沢山作っていきたいと思いながら、ひょいと軽々しくハヤトを抱きかかえると、砂月の膝の上に彼を乗せて二人はベッドに腰掛けた。
もう二人の間に邪魔をするものはなにもない。愛の音符に囲まれた二人きりの世界がここに生まれていた。
「当たり前だ。お前の為に作ったんだからな」
「へへっ、嬉しいにゃあ」
目の前にある調べが、二人に歌って欲しいと語りかけてくる。
それに気付いた二人はそっとアイコンタクトを取ると、微笑と共に歌い始めた。
溢れ出す『大好き』をメロディに乗せて。二人だけの世界に、二人の声が、想いが、重なっていく。
そうして、砂月とハヤトは心を一つに通わせる。愛情がたっぷり籠もったメロディと共に、二人は一つになる――。
「〜〜♪」
時の流れがゆっくりと穏やかなものに変わった。二人の歌声が魔法のように空間を演出し、彩っていく。
幸せな気持ちで一杯になった頃、歌い終わった二人はどちらからともなく口付けを交わした。ちゅ、というリップ音が歌の幕引きとなる。
満足感と昂揚感で一杯になった二人は自然と見つめ合い、それから微笑い合った。嬉しさが込み上げる。
「砂っちゃん、砂っちゃん」
「ん?なんだ?」
「生まれてきてくれてありがとうなのにゃあ。ボクと一緒に居てくれてありがとう」
改まってハヤトが言う。今日は砂月の誕生日だった。
ぎゅーっと抱き着いたハヤトがすりすりと甘える。時折、頬を舐める仕草は猫そのもので、砂月はそんな彼の愛らしい姿に胸を温かくしながら、抱き締め返すと砂月の方からキスをした。
「んっ……」
砂月から交わすキスは珍しかった。キスが大好きなハヤトからする方が多い所為か、とても新鮮に感じる口吻けだった。
「砂っちゃん大好きだにゃあ…」
顔を紅くして照れるハヤトが、両目をぎゅっと瞑ってもう一度キスをする。
溢れる想いを口付けで伝え合うと、二人は沢山の音符たちに囲まれながら二人だけの世界に溺れていった。