luminous garden
道が続いている。
長く迷路のような道だ。何処まで進んだのかも、何処へ続いているのかも分からない。果てのない道をひたすらに歩き続けている。
その理由はとうに忘れた。いや、それは少し違う。覚えていないだけだし、全ては思うままに進んだ所為なのだろうけれど。
それでも僕らは歩き続けていた。何時間、何日、何週間と、何処へ辿り着くのかも分からないまま、当てもなく進み続けている。
そう、僕らは完全なる迷子だった。
「な〜んにも見えないにゃあ〜……」
後ろを振り返り、目を凝らして遠くを見ていたけれど、向こうから差し込む光が強すぎてあまり長くは見ていられない。眩しすぎるのだ。ヒカリが。
けれど、答えを知りたかった一ノ瀬ハヤトは、じぃーっと目を細めて遠くの更に遠くの光を見ようと頑張ってみたものの、目がしぱしぱと白く視界を奪い始めたので、彼はここに来て後ろ向き歩きを止めることにした。
何処から来たかなんて小さな問題だ。気にすることでもない。
元の視力を取り戻してから進行方向へと向き直り、歩みを再開させる。先程までひたすら後方ばかりに気を取られていた為、連れが随分と先を歩いていたことに漸く気付いて冷や汗が滲んだ。こんな訳の分からない所で一人は嫌だ。
「あっ、待ってよ〜! 砂っちゃ〜ん!」
先を歩いていたのは砂月だ。四ノ宮砂月。ミルクティー色のふわふわの髪に、切れ長の瞳を長い前髪で見え隠れさせている。体格は大きく、二人が並んでいると親子とまではいかないが、ハヤトが実際よりも小さく見えてしまうくらいの体格差だ。
その彼もまた同じだった。ハヤトと同じ、迷子の一員。
「………。うるせぇ、静かにしてろ」
音が反響する空間らしく、耳に届く音はやけに煩い。その為、声が近いからすぐ後ろに居ると思っていた砂月だったが、いざ振り返ってみれば、ハヤトは随分と後ろの方に居た。いくら考え事をしながら歩いていたとは言え、ハヤトを気にかける余裕すら無かった自分に反吐が出る。
状況が掴めていない今、万が一のことを考えながら行動しなければならないことは百も承知だ。だから、普段よりも厳重にハヤトを視界に入れて見守っておかないと、アイツのことだからふらっと消えてしまったりするかもしれないと言うのに。
何をしているんだ、俺は。
「ハヤト」
砂月の重たい溜息が空間に木霊する。それには余裕の無い自分への嘲りも含まれているのだけれど。
名を呼ぶと、ハヤトは耳をぴこんと立ててこちらを見てきた。へにゃっと崩れた笑顔を向けて手を振ってくる。その一連の動作が可愛くて、砂月は眺めていたい気持ちに駆られたけれど、想いは押し殺し、ふいっと顔を反らしてまた歩んでいく。
けれど、ふよふよと動く砂月の尻尾。早くこっちに来いと、そう示しているかのように先端まで柔らかい毛に包まれたそれがハヤトを静かに呼んだ。隣においで、と。心細そうに小さく揺れる。
砂月の素直でない言動と素直な尻尾の動き。そのギャップが可愛いと思っていることは、ハヤトの秘密の想いのひとつだった。
「砂っちゃあ〜んっ!!」
不意に近づいてくる足音が止んだと同時に、ずっしりと背中に感じる重みにも慣れたものだ。背に思い切り飛びつかれようとも砂月にはこれっぽっちも痛みはなかった。それよりも彼を背負ったまま振り回してやろうかとも思うくらいにハヤトは身軽だ。
「……ってぇな、いきなり抱き着くなっての」
「だって! だって、だって、だって! 砂っちゃんが手繋いでくれないんだもん!」
「はァ? 大体お前が勝手に立ち止まってたんだろ? 俺の所為にすんな」
「…………………砂っちゃんのいじわるっ!!」
「何とでも言え」
「にゃー!(けちけちけちけち!)」
二人は、猫人間だった。
人間の姿をした猫。はたまた猫の姿を残す人間なのかは定かでない。生活は人のようにするから人寄りなのだと思う。言葉もきちんと話せる(猫語も話せるらしい)。その中で特異な点を挙げるとするならば、耳と尻尾と犬歯の名残の八重歯が特徴だろうか。
それよりも、だ。
今はこの迷路から抜け出さなければ手遅れになってしまう。この場所から帰れなくなる。今は何らかの理由が働いて思い出せないでいる(と思っている)けれど、元の世界があるはずなのだ。二人の居場所が、必ず何処かに。
「…ったく、何処まで続いてんだココは……」
「どこだろうねぇ…」
「ハッ、分かりゃあ苦労しねぇってか」
「でもボクこの場所すっごく綺麗だなって思うよ! それに砂っちゃんも一緒だから寂しくないし、心強いにゃあ」
感情豊かに踊るハヤトの猫尾。元々、感情の起伏が目立つ方のハヤトだが、尻尾の動きをよく観察していればそれは一目瞭然だった。
今は特にそうだ。再び並んで歩き始めた時に、砂月と手を繋げたお陰で機嫌は上々のご様子。揺れる尻尾がダンスのようにゆらゆらと踊り続けていた。
にこにこと、絵に描いたような満面の笑みも然ることながら、全身で嬉しさを表現する点はハヤトの長所とも言える。裏表の無い彼のそういうところに砂月は惹かれたのかもしれない(明らかに母性本能を刺激された結果である)。
「……まぁな。だが、流石にお手上げだ」
だがしかし、依然不安が残る。
此処は果たして何処なのか。何の目的で作られた空間なのか。まさに異空間。いや、異次元のようにさえ感じる場所だ。
見上げれば真っ黒い闇夜に幾つもの星が煌々と存在を見せつけ、まるで成層圏を遙かに越えた宇宙を彷彿させる。例えるなら銀河庭。数え切れない程の星たちで出来た庭のような印象も受ける。
二人が歩き続けてきたこの道こそ枝分かれはしていないものの、真っ直ぐな道や曲がりくねった道、果てには坂や一回転するようなところまである。まるでジェットコースターのような道が、この銀河庭を這うように延々と続いていた。
とは言え、互いに普段着のままだ。呼吸することに問題はないし、歩くことにも不自由していない。何日も歩いている感覚はあるのに、お腹が空くことも夜が明けることもない。
全く以て不思議な話だ。
確かにハヤトが見ていたあの光の方から歩いてきたと思う。けれど、それすらも曖昧だ。二人は何処からこの銀河庭にやって来たのかを覚えていなかった。
だから、どれだけ必死に記憶を辿ってみても思い出せないのだ。こればかりはハヤトも砂月も同意見らしく、二人は困った結果、歩き続けるしかないと結論付けた。見えぬ終着点を目指して、ただひたすらに歩き続ける。
だが、どれだけ前へ前へと進んでも、同じ星を何度も見かけている。もう何度目かも分からない。色や形、大きさまでもが似たような星は幾つも点在しているが、ほぼ間違いないだろう。
此処は永久迷路だ。
同じ道を彷徨い続ける世界。
それが、二人が落ちた迷える銀河庭だった。
「ねぇねぇ、砂っちゃん」
始めは砂月の歩幅に合わせて歩いていたハヤトから、疲れの色がはっきりと伝わってくる。手は繋いだままだけれど、その握る強さも歩くペースも格段に落ちていた。
とぼとぼと、辛うじて砂月についてきてはいるが、元気だった尻尾はとうに芯を失くしてしまっている。どれくらい歩いたのかも分からない中で、重なる不安が疲労を蓄積させているのだろう。
「仕方ねぇ、少し休むか…」
そう言って、砂月は徐に道の真ん中に座り込んだ。何処で立ち止まろうと、歩き続けても同じ場所へ戻るのだ。だとしたら、どの場所で、どのタイミングで休んだとしても問題はない筈だ。
しかし、己の不甲斐無さが露呈した形に胸が痛む。共通する負の要素が二人の心にリンクし、思考を鈍らせていく。
堂々巡りの考えを断ち切るようにぐいっと腕を引き、砂月はハヤトを自分の足の間に座らせた。そしてその背をぎゅっと抱き締める。心の宿り木を求めるように、きつく。ぎゅっと。
「……砂っちゃん…?」
砂月から抱き着かれることにハヤトはあまり慣れていなかった。それは抱き着くならハヤトからが圧倒的である所為だ。だけど、どちらからであろうと抱擁には何ら変わりない訳で。嬉しさは大いに募る。
ただ、返事が無い。つまり、それによって生まれる沈黙がハヤトは少し苦手だった。背中から伝わる温もりにはホッと安心出来るのに、やはり砂月の行動が気にかかる。
「疲れたかにゃ……?」
「…平気だ」
違う、と首を振る。下手な笑みと共に。
それもいつものことだ。心配かけたくないのだろうけれど、逆効果でしかないということに早く気付いて欲しいとも言い出せず。
「ウソ! 砂っちゃんのウソはすぐ分かるもん」
狭い腕の中でぐるんと向きを変え、砂月の瞳をジッと捕えて離さない。頬を膨らませて怒る仕草すら愛おしく感じてしまう自分に苦笑を零す。
「俺はお前に嘘なんか吐かねぇよ」
「……………、(砂っちゃんのうそつき)」
ちゅ。
「ん…? 平気だって言ってんだろ、心配すんな」
砂月が貰ったものは子どものキスだった。頬に唇を寄せ、眉尻を下げた顔で様子を窺う。強がってはいるものの、砂月から疲れを感じてならないハヤトは、もう一度口付けをしてから頭を撫でてやる。
「元気になるおまじないにゃあ!」
天真爛漫。この笑顔さえあればどんな困難も乗り越えられるのではないかと自信が持ててしまうくらいに、砂月にとってハヤトの笑顔は何よりも力強いものだった。
「…ったく…、お前って奴は―――…!」
それは、突然だった。
「にゃっ……?」
「……ッ、」
びゅうっと、凄まじい音が二人の上空を飛び交っていった。
「…すごい音だにゃあ…?」
見上げたハヤトが首を捻りながら、ピンと立った耳が周囲の音を敏感に拾う。まるで何かが飛び去っていった音。そして、身体ごと飛ばされるのではないかと思う程の風が、音から数秒遅れて辺り一面に吹き荒んだ。
まずい。このままじゃ飛ばされる。
「…来い…ッ!」
本能的に危機を察知した砂月は腕を伸ばし、ハヤトを己の身体で覆うようにきつく抱き締めた。
こうする以外に守れる方法が思いつかない。考えている時間も、逃げる場所を探している時間もない。あれこれと状況を把握する隙もないまま、狂風が二人を襲った。
唸る風。座り込んでいるのがやっとの思いだ。息をすることさえ苦しい。怖い。
恐怖が身体を支配する。
「砂っちゃ…こわいにゃあ…っ」
ぎゅっと、風が過ぎ去るまで抱き合いながら堪え忍ぶ。囂々と唸る風から逃れる術は端から存在していない。どうしようもなかった。
まさかこんな事態が起きようとは誰が想像しただろうか。このだだっ広い空に飛ばされてしまうのではないかと、不安に縛られる。
砂月の腕の中でハヤトは震えていた。尻尾は自分の身体に巻き付いているし、耳は音を拾わないよう、ぺたりと伏せっている。
「大丈夫だ…大丈夫…、お前は俺が守ってやる…!」
それでも風は容赦なく二人を狙い続けた。
「――――――――――……っ、」
それから風に煽られること、数分が経っただろうか。
飛行音も強風も落ち着き、以前のような二人以外の音や気配しか感じない静寂が戻ってきた。シーンと静まり返った周囲だが、強張ったままの体が警戒を解くには、状況が状況なだけに少々難しいところだ。
「………もう…大丈夫、かにゃあ…?」
「ああ……、平気か?」
「砂っちゃんがぎゅうってしてくれたから平気にゃあ。ちょっとだけ怖かったけど…ボクは大丈夫」
「そうか」
きつく抱き合って互いの身を守り合っていた二人は、何が起こったか分からない気持ちと恐怖に満ちていたけれど、恐る恐る、音の発生方向である宇宙(そら)を見上げてみた。
するとどうだろう。二人の視界の先には、何かが過ぎ去ったような線状の跡が、キラキラと黒い夜空に残っていた。星と言うよりは細かい塵のようなものが絶えず光っており、黒を白く照らしている。
「流れ星さん…かにゃあ?」
「…みたいだな…(マジでびびったぜクソ…!)」
「流れ星さんあんなに早くちゃお願い事なんて出来ないよ!」
「だな。お前みたいにボケッとしてる奴には一生ムリな話だろうな」
「そんなことないにゃあ! 砂っちゃんひどいにゃあっ! 次はぜ〜ったいにお願い事してみせるもん!」
文句の数だけにゃあにゃあと喚く子猫(そう言う扱いを砂月が一方的にしているだけだが)を、耳元でうるさいと思う砂月だけれど、ハヤトにぎゅっと抱き着かれて懐かれるのは嫌いじゃなかった。寧ろ好んでいる。そもそも小動物は邪険に扱い難い。
己の文句を飲み込む代わりに、手で耳を塞ぐジェスチャーで意思表示をした。
少し黙れ、と。そうやって音を遮断することで、自分との会話を無理矢理終わらせようとする砂月の思惑に気付いたハヤトは、ぷっくりと頬を膨らませて拗ねてしまった。
そして、ふて腐れる彼をからかうのが楽しみの一つになっている砂月が、隣の男のその姿に表情を緩めるまでは最早一環の流れとなっていた。
「……ん? 雨かにゃ?」
一難去り、再び歩き始めた二人に降り注いだものは、雨に似た星屑のシャワーだった。それは流れ星が過ぎ去った証拠とも言えるもので、霧雨のような星屑の塵が二人の上空を舞い散っていた。
「いや…雨なんかじゃない」
雨≠ヘヒカリを浴びることで煌めきさが増し、二人は見上げた先に広がるその光景に目を奪われた。まさに魅了されている。この神秘的な流星たちに。
「?」
「これは…さっきの流れ星から落ちた星だ」
「どうして落ちたの? 置いてかれちゃったの?」
「どうしてってお前な……(まともに説明してコイツが分かるとも思えねぇし…)。じゃあ聞くが、流れ星は何処へ向かって飛んでいると思う?」
「う〜ん……お空の向こう?」
「まぁ間違いじゃないが、正解でもない」
「それじゃあ…じゃあ……光の方…?」
「…そうだ。人が居る方に飛んで行く。もちろん人の願いを叶える為にだ」
そう言って、砂月は大きな手のひらを天に向け、二人の周りを舞う星屑を掬い取ってみせた。流れ星の一部、名残星をその手に捕まえる。
「ほら」
「なぁに?」
「コイツが流れ星だ。まぁ、本体とは違うけどな。これも立派な流れ星ってヤツだぜ」
「さっきの流れ星さん…? でも弱ってるみたいだにゃあ…」
拾った星屑の塵は砂月の手の上でか細く光り、その命を終えようとしているようにも見受けられた。それ程、儚いヒカリだった。
消えかけていると言う事は、願いを叶える力≠失くし始めていると同義なのかもしれない。とどのつまり、それは二人に残された時間も限られているということだ。即ち、この道から抜け出せる時はそう遠くないことを示していた。
砂月とハヤトが迷い込んだこの銀河庭。迷うように二人が歩き続けたこの道は流れ星から零れ落ちた星屑が幾年もの歳月をかけて作り上げた道だった(それがこの世界の始まりだと砂月は思っている)。
だから、この道に終わりはない。それこそ終着地点に辿り着けるかはほんの一握りの運に限る。
「これが…流れ星さん……初めましてにゃ」
手の上で光る星屑はこの闇夜の中ではほわほわと心が温まる光だった。迷える二人にとって希望さえ感じてしまう。それが流れ星の持つ優しさなのだと砂月は思う。
そう、このヒカリ≠アそが二人を導くコンパスとなるのだ。この銀河庭から二人の居場所へと導いてくれる道しるべに、まさに今、その役目を果たそうとしていた。
「……流れ星はな、自分の命と引き替えに人の願いを叶えると言われてるんだ。世界中の人の願いを叶える為にこうして人間の元に星の雨を降らせる。…それがこれだ」
ハヤトの両手にそっと星屑を託し、砂月は言葉を続けていく。その面持ちはどこか神妙で、なぜか切なげで。
どうしてそんな顔をするんだろう、ハヤトはとても不思議だった。
まるで世界が終わりを迎えるような顔。声色こそ普段と何ら変わりないけれど、表情から窺える心情は寂しさただひとつ。
願いが叶う。
それは何かが犠牲になるということだった。
「沢山の人を幸せにする為に流れ星は空を飛ぶんだ。……もちろん、お前の願いもな」
星屑を掬うように支えるハヤトは、何れは消え行く光であることを悟ったようで、とても寂しそうな眼差しをその星に向けていた。
「………………、」
「…だから願ってみたらまだ間に合うかもな」
「でも……」
尻尾や耳だけでなく眉根までしょんぼりと垂れ下げたハヤトの頭をぽんぽんと撫でてやると、直ぐさま元の明るさを取り戻す。よく見せるくしゃっとした笑みを砂月に向け、それから手のひらのお星様にも太陽のような明るい笑顔を授ける。そうやって星に光を注いでいく。
「こうしてお前の元に飛んできたんだ。コイツにお前の願いを叶えさせてやるのも優しさってもんだろ」
「…………じゃあ…ボクの願い叶えてくれる?」
「ああ、きっとな。それと、願い事は人に言っちゃ効果が無くなるらしいから気ィ付けろよ?」
声にも出すなよ。と、付け足して忠告をしておいた。
「うんっ!」
願いが叶うかもしれない可能性が残っていたことが余程嬉しかったのか、願いが叶うことが嬉しいのかは分からない。ハヤトはキラキラした笑顔を浮かべ、手のひらで細々と光を宿す流れ星と静かに向き合った。
何を願うつもりか、本人の口から聞いてみたい気持ちも残っていたけれど、砂月はその答えを聞くことを避けた。
だって、聞かずとも分かっていた。ハヤトがその星に何を願うかを。その笑顔の意味を。
長年連れ添ってきた関係だ。考えていることなど容易に浮かび上がる。だからこそ、聞かないようにした。
訪れる二人の幸せのためにも。
ハヤトが願いを星に届ける為、ゆっくりと瞳を閉じた。
もう彼は手のひらの星が目映い光を放つことにも気付かない。この世界の異変にすら気付けない。
砂月は後ろからそっとハヤトを抱き締め、その大きな手のひらで視界を塞いだ。ふっと、いつにも増して優しく微笑む彼の笑みは、光に掻き消されていく。
「(砂っちゃんとの幸せがいーっぱい訪れますように)」
そして―――歩き始めてきた方の光が強くなった。
そう、この黒い世界が白に変わる時が来たのだ。それはつまり、この銀河庭の星遊散歩が終わりを告げる時。
「………………、」
キラキラとか細く光る星屑で出来ていた道が崩れ始めた。ハヤトの願いが叶う時が来たらしい。
「……ねぇ、砂っちゃん……この音なぁに? 見えないにゃあ! 手を離してにゃっ」
「ダメだ。お前は黙ってオレに抱き締められてろ」
「…っ、それは嬉しいけどっ! そういうことじゃなくて…っ!」
「ハヤト…―――…だぜ……」
「……聞こえないにゃあ…砂っちゃんもう一回…………」
やがて、その侵食は少しずつ二人に近づき、星道の崩れる音は二人の声を、そしてその姿を、上か下かも分からないこの銀河庭の真ん中へ奪っていった。
「……にゃ…っ!?」
寝静まり返っていた部屋に大きな音が響き渡った。ハヤトがベッドから落ちたらしい。
「おい、大丈夫――お前…! どうしたんだよ、それ…!」
ふかふかのマットの上に落ちたので、このまま床で眠っても心地良い。落ちた時に少しだけ痛みがあったけれど、程良い眠気がそれらを中和していく。
「…ん〜……」
ハヤトは砂月の声を遠くに感じながら、もう一度眠ろうと床に寝そべったままでいると、心配したのか砂月がゆさゆさと力一杯に体を揺すってきた。眠たさにぼぉ〜っとしていた筈の思考も、頭がぐわんぐわんと揺れた上に、一緒に暮らす砂月の大きな声で一気に覚めてしまった。
「んにゃ…なぁに砂っちゃん…おはよ…ふあ……」
それでも眠気から解放されない目蓋はまだ重い。ずっしりと眼球を覆ったまま、ろくに視界も映さない。
小さい欠伸をしながら、ごしごしとパジャマの袖を使って目を擦る。妙に頭が擽ったいのは何故だろう。
「おはよ、じゃないだろ。お前…何があった?」
「…? 何がって何のことかにゃ…?」
「その耳! それと尻尾まで…! 一体何があった!?」
彼のこんな慌てようは初めて見た。驚いたような、焦ったような困惑の顔。謎めいた顔と言った方が当たっているかもしれない。
しかし、言っている意味が通じない。だって、体に違和感などこれっぽっちも感じないのだ。至っていつも通りだ。
「砂っちゃん寝惚けてるにゃあ」
そう言って、ハヤトがくすくすと笑う。この様子では己の事態に全く気付いていないらしい。
「お前な…ちょっと待ってろ」
その暢気な笑顔にはがくりと肩を落とし、呆れの色を浮かばせる砂月は徐に立ち上がると何かを取りに一度側を離れた。
「そう言えばボクね、夢を見たにゃあ。もちろん砂っちゃんも一緒だったよ!」
「へぇ、夢か…どんなだ?」
「んーと…………秘密にゃ!(言っちゃいけないんだった)」
「はァ? そこまで言っておいて秘密かよ」
鏡を取って戻ってきた砂月はその鏡面をハヤトに向けてみた。
「お前の今の姿だ。これでも信じねぇってのか?」
ハヤトに向けたその映し鏡には、ぴこぴこと音を拾う耳と、ゆらゆらと機嫌が良さそうに揺れる尻尾を生やしたハヤト自身が映り込んでいた。
「…にゃっ!? なにこれ!?」
「だからさっきから言ってんだろ!」
「猫ちゃんの耳にゃあ…! 尻尾もあるにゃ! ほら!」
どんな反応が返ってくるかは大方予想出来てはいたけれど。
「……おい、怒らねぇから何をした? 正直に話してみろ。どうせ誰かから得体の知れねぇもんでも貰って食ったんだろ?」
「何にも食べてないにゃあ…! ……夢を見たくらいにゃ――ッ」
身の潔白を訴えようと手をギュッと握った時、白い指が綺麗な手にチクリと、痛みが走った。
「…どうした? 痛むのか?」
「んにゃ…何か……」
そっと手のひらを開けて見てみると何故か手には星の砂(ねがいぼし)が握られていた。
「砂…? 何でこんなもん持ってんだ、お前?」
「わ、わからないにゃあ……(…あれはホントに夢だった…?)」
「けど、仕方ねぇ。こんな姿じゃ何処かに出掛ける訳にもいかねぇし…今日は家でのんびりするか」
ハヤトを腕に抱くと、砂月は猫耳と一緒に頭を撫でて額にキスをした。ちゅっと降り注ぐ甘いキスは可愛らしいその姿に唆されたらしい。それも全てはこの姿のお陰だと思うと少しだけ妬いてしまう。
「うんっ!(お願い叶ったにゃあっ!)」
あの時お星様に告げた願いがこうしていつまでも続くようにと、ハヤトは秘密にしておこうと決めたのだった。