密室ポルカ





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月が昇り、辺りは静寂に包まれた。
宵闇が息を成し、星に光が宿る夜の訪れだ。寝静まり返った寮を照らす暖灯の微笑みを不気味に感じながら、一ノ瀬トキヤは自室へと続く廊下を一人歩いていた。

「予定よりも随分遅くなってしまいました…」

腕時計にちらり視線を落として独りごちる。
今日も終電を逃し、また一段と遅くまでバイトに精を出してきた。HAYATOとしての仕事、だけれど。
予定の終了時刻を軽く二時間ほど過ぎていた。それもまた己の力量不足からなるものだと思えば、新人と言う名を痛感せざるを得ない。いや、人並みにこなせてはいたと思う。だが、己の求める完璧には程遠く、反省すべき点は挙げればキリがない。


私は夜更けまでバイトをして生活を立てている。
そういうことになっている。HAYATOとして活動している事は学園内でも秘密にしている為、同室ペア相手への言い訳には充分過ぎる言い分だった。
早乙女学園で他人と生活を共有するようになった時点から根回しは完璧だ。だから、帰りが遅くなろうと、外泊をしようと問題は無かった。
音も気配も見当たらない静寂な空間。聞こえてくるものは己の足音と心音ただそれだけ。あとは睡魔の足音くらいだろうか。
疲れの残る身体は重たい。夜更けであることも重なり、止まらない欠伸が睡魔を呼び寄せる。一刻も早くベッドに横たわりたい。その前にシャワーを浴びたいところだけれど、深夜の水音は煩いだろうか。でもその前に反省ノートに今日のことを書き認めておこう。
うとうとと、寝ぼけ眼は視界を霞ませた。喉も休めなければ発声に支障をきたしてしまう。早いところ休息を取って明日に備えよう。
そう思い、歩みを早めた時だ。


「――――――…っ……!」


腕を捕まれるのと扉が閉まる音は数秒の差だった。
音が遅れて耳に入ってくる。突然の出来事に何が起きたのか皆目見当がつかない。ぼーっと歩いていたことを後悔しても遅い。
苦しい。息が、出来ない。

「…う…ッ…………」

呼吸も事態も飲み込めずにいた。
連れ込まれた先は明かりの点いていない暗い部屋だった。窓からは月明かりが偶に漏れるくらいで、視界は闇に奪われた。
腕は壁に縫いとめられ、口は掌で塞がれている。呼吸もそうだが、身動きもろくに取れない。相手は男で学園内の誰か、と言うことだけははっきりと分かる。
でもそれくらいだ、今の状況下で判断出来ることと言えば。寮に空き部屋があったかどうかなんて思い出せない。そもそもトキヤの身を封じたとして、それで何か意味が発生するとも考えにくい。
だとすれば連れ込まれた理由は一体何だ。
消去法で考えていけば、成績上位者に対する嫌がらせか(優等生と陰で嫌味紛いに言われていることは知っている)、或いは何らかの陰謀か(となればHAYATOだと言うことを知っているのか?)、それとも単なる悪戯か。何れにせよ状況が良くないことには変わらない。

「……く…ッ……」

動揺と冷静が交互に訪れる。
暗闇に男の笑みが浮かんでいるように感じとれた。にじり寄る気配、近い温度に背中がぞくり、と静かに戦慄の音を上げる。
決して恐怖からではない。ただ、鼻孔を擽る残り香は甘く、何故か真新しい記憶が脳裏を過ぎる。

(まさか)

思い出した記憶は、似た者同士だと言ってきたあの男と交わしてしまったいつかの熱情事。そして、香水の匂いに違和感がないほどいつも側に居たという現実。
誰とでも一線を引き、ある程度の距離を保ってきた筈なのに、一緒に過ごした時間が長い、その事実にトキヤは驚きを隠せなかった。仕事以外で他人と居ることは疲れるだけだったというのに(だから協調性が無いと言われてしまうのかもしれないが)。
果たしてこの男は、私が気付かないとでも思っているのだろうか。
トキヤは強い確信を持ってグッと腕に力を込めると、拘束する手を一気に払い除けた。


「…………レン…ッ!」


そして、空間にトキヤの声が響き渡る。叱りつけるように呼んだ名は姿見えぬ男の表情を緩ませた。
しかし、漸く取り戻した自由は一瞬で終わりを迎える。いざ手を払い除けたところで彼の手が怯むかと言えばそれは別問題だ。再びトキヤは闇の中で抱き締められていた。
離さない。そう言っているようで、力強い腕がトキヤの衣服に皺を作っていく。強引な手だ。

「…流石イッチー。気付くのが早いね」

耳元に届く声が正解を告げていた。
薄暗い中で微笑む男はレン。神宮寺レンだ。彼はトキヤと同じクラスメイトで、教室に限らず放課後やオフの日にもよく話したり遊んだりする親しい友人の一人だった。

「……当たり前です。この時間まで起きていて、尚且つこんな馬鹿げた悪戯が好きな人なんてレンか早乙女さんくらいですよ」

触れたことのある温もり、嗅いだことのある匂い、聞いたことのある声。その全てにトキヤへの愛情が籠もっている。触れ合っただけでも彼の思いが伝わってくる。
だからトキヤは直ぐに気付いたのだ、悪戯の首謀者がレンであることを。
こんなにも想い焦がれているのだと、あっさりと言えるほど素直ではないけれど、今までもトキヤなりに態度で示してきたつもりだった。
例えば、伸びてきた腕に自ら吸い寄せられてみる。
それは時折見せるトキヤの小さな甘えの仕草だった。
この腕の中が心地良い。始めはそんなことを考える自分を認めたくなかったし、気の迷いだと芽吹く恋感情は押し殺してきた。けれど今はもうお互いに気持ちを認め合い、受け入れ合い、そして確かに通じ合っている。触れ合えば触れ合うほどその気持ちは強くなり、加速していく。
二人の恋歌はもう止まりそうになかった。

「ははっ、ボスと一緒にされるとはね。…おかえり」

ぽんぽんと頭を撫でられる。頬へのキスは焦れったい。子ども扱いされることは嫌いだが、その手を振り解けずに甘んじて受け入れてしまっているトキヤがそこには居た。
落ち着くのだ、レンに触れられるのが。その声が、耳に心地良く響いて癒やしとなる。

「……ええ、ただいま」

温もりを宿すその手に触れたいと、そう思うがまま手を握り返した。勿論、手の甲に唇を添えることも忘れない。
キスはキスで返す。それが合図だった。
触れた箇所がチリッ、と火傷みたいに痛みだした。熱がそうして疼き始める。欲を、レンを求めて。

「……ん…」

ゆっくりとレンの生暖かい舌がトキヤの白い肌を滑っていく。
以前、一度許してしまった恋愛行為はずるずると続いていった。こうして時折二人きりの夜に身体を交えることがある。しかも事前の呼び出しは皆無。先程この部屋に連れ込まれた時と同じように始まりはいつも突然で、心の準備一つする暇さえ与えられない。
だが、それがいいのだとレンは笑う。こうすることでよりスリルと背徳を感じられ、それらが愛に熱を注ぐのだという。そういうものなのだろうか。

「…あ…、……っ…」

首筋から耳朶、遅れて頬へと唇が舞う。最後に唇へ辿り着くと、かぷり、甘い痺れがトキヤを襲った。

「ふうん…今日のイッチーは甘いね…いつもならこの手を振り解いてさっさと部屋に戻ってしまうのに。…どうしてだい?」
「聞き捨てなりませんね…離れて欲しくないのはあなたの方でしょう、レン」
「いつになく自信たっぷりだねぇ…、ま、イッチーがその気になってくれてオレは嬉しいけど」
「……あなたの眠れない理由を私の所為にされては適いませんから、まったく…(眠れないのだと言ってくれれば添い寝でも何でもしてあげるのに……)」

彼はあまり眠れないのだという。
一種の睡眠障害らしいが、詳しいことには触れていない。触れてはいけないような気がして。いや、何よりレンがその話題を避けているので、トキヤもそうせざるを得ないだけではあるけれど。
終電もとっくに終わった時刻に、タクシーで寮まで帰着するトキヤを何度か見かけたことがある。
いつだったかそんな話を聞いていたことを今頃になって思い出した。まるでそれを裏付けるように、窓辺から車と思しきライトが差し込んだ。誰もが寝静まった深夜だとこれ程大きな目印となるとは正直思っていなかった。
しかし、そのお陰で目が闇に慣れ、視界が晴れた部屋で二つの視線がようやく絡み合った。
逃げ出すなら今しかない。そんな空気が過ぎったけれど二人は既に確りと互いの腰をホールドしており、もうどちらも逃げる事は不可能だ。とは言え、口で言う程逃げるつもりはなかったらしい。

「…………もう黙って…」

予防線は自ら張り巡らせる。これ以上の質問が飛んできては折角のチャンスそのものが消えかねない。それだけは避けておきたかった。
だから、レンは静かに唇を塞いでトキヤの言葉ごと飲み込んだ。心配されるのが嫌だとか、原因である過去に触れられたくないだとかではないけれど、レンの言葉はそうしていつも誤魔化され、隠されてしまう。
話してくれないことに寂しさを覚えているトキヤの気持ちに気付いているかは不明だが、トキヤは妙に悔しくなったので少し強引に重なる唇肉を割り、咥内を弄っていくことにした。
そうやって快楽で本音を紛らわす。結局のところ、レンとトキヤの二人はこんなところまで似た者同士だった。

「…っん…、ン……」

薄暗がりの中で何度もキスを交わしながら、繋いだ手をそっと離して衣服をはぎ取っていく。

「………なぁイッチー、どうしてオレがこんな部屋に連れ込んだか分かってる?」
「……私とするため…、ではないんですか?」
「それも一理あるけどね。…本当はさ、色んなイッチーの表情が見られるからイタズラみたいなことをするのが好きなんだ(本当はもっとちゃんとしたところに誘いたいんだけど)……って言ったら怒るかい?」

彼の言う通り、レンは悪戯が好きで、特にトキヤに対しては執拗に構っている印象がある。構うことで固く閉ざされた機械的な表情、つまりはトキヤの秘められた喜怒哀楽や魅力を引き出して周囲にさらけ出していく。それが狙いらしい。
だが、そんなことが出来るのはレンただ一人だ。
レン本人はからかうと楽しいやら反応が面白いやら、適当に構っている理由を述べているが、その悪戯の裏に含まれる真意は愛情だ。
友愛の垣根を越えた親愛。博愛とは少し違う本気の愛情がトキヤに触れる手からも伝わってきている。火傷しそうな欲熱と共に。

「驚きはしましたが…この程度で怒りませんよ」

小さく首を振って微笑むトキヤが、そっとレンに体重を預けた。
身を全て彼に任せる。そうすることで、気を許していることを体現してみせると、レンはその腕の強さで返す。ぎゅっと、抱擁の力が強まった。

「……イッチー…」
「それに私は…、私も…、レンの色んな表情が見られたらいいなと……私に欲情している顔も全て…私のものにしたい…案外私は嫉妬深いのでしょうか…」

苦笑混じりにトキヤはきつく抱き締め支えてくる腕の中ですり、と体ごと肌を寄せた。首元に鼻先を擦りつけ、トキヤはそっと確かめる。己の居場所を。彼への想いを。
レンは何かと気にかけてくれている。
私がHAYATOとして活動していることにも気付いていて(本人に確かめてはいないけれど)、それでいて心配もしてくれている。さり気ない優しさも然り、口裏を合わせている訳でもないのにカモフラージュに協力をしてくれているので、やはり気付いているのだと私は思っている。
レンの優しさや包み込むような温かな気持ちを幾度とちらつかされて、無視できるほど私は冷酷じゃない。それにこれでも彼には感謝しているのだ。色々な面で彼には助けられ、支えられている。
だからこそ、この想いはもう隠したりしたくなかった。
レンを好きな気持ちを今こそ確りと届けたい。

「あなたの手が好きなんです。こうして触れてくるこの手が…私だけに触れるこの瞬間がたまらなく愛おしくて…離したくなくなるんです…」

肌を這う手を掴み、ぽつり吐露していくトキヤの表情は儚げで、どこかスッキリしているようにも見え、レンは密室を選んだ事を少しだけ後悔していた。

「イッチーには参るね…」
照れ混じりに告げるトキヤにとって、レンの温もりは睡眠と同義だった。あれだけ眠たかった脳は目を覚まし、深い安堵が疲れた心や体を癒やしてくれる。
触れられるだけで満足出来てしまうくらい、レンが好きだ。言葉にしなくともその想いは伝わっていると信じている。

「……こんな事なら素直に部屋に呼べば良かった」
「ふふ、あなたがこんな強引な手を使わなくても誘えるのでしたら…いつでも歓迎しますよ」
「………今イッチーがどんな顔をしてるのか…ちゃんと見えないのが本当悔しいよ。……でもイッチーの気持ち、すごく嬉しい」
「レン……」
「だけど、オレはそう簡単にイッチーのこと離す気はないんでね、そのつもりでいてくれないと困るな」

ちゅっと、口付けと共に笑われる。レンの悪戯っぽい笑みが、熱に浮かされた瞳に妖しく映り込んだ。
そして二人はまた距離を詰め、抱擁と口吻を繰り返す。何度も何度も繰り返す。これでもかと言わんばかりにぎゅっと抱き締め、互いの体温を感じることで募る愛おしさが興奮材料の一つにすり替わっていく。

「……レン…、ではこの手が離れた時は私に愛想を尽かされた時と覚えておきましょうか」
「そいつは大変だ。愛想尽かす暇もないくらい今日からは毎晩愛情を注ぐとしようかな」
「……レン、あなたが言うと冗談に聞こえないんですが…」
「だって元はと言えばイッチーが言ったことだろ?」
「………だとしたら?」
「お仕置きが必要だと思わないかい?」
「思いませんね、ええ全くその必要性を感じません」
「残念、もう遅いよイッチー。……覚悟して貰おうか」

したり顔が目に浮かぶ。それは甘やかせば付け上がる子どものようで。一つ言えば二つ三つ先の分まで返ってくる。口下手ではないからこそ、饒舌な愛の囁きにいつしか絆されてしまう。
それもいつものこと。
余裕な態度を取り、レンを我が手の内で躍らせているつもりでいるのだろうが、最終的にその手に踊らされているのはいつだってトキヤの方だった。



「――……あッ……」
今だけは甘い声も隠さない。トキヤとレンは今、互いに雄の急所をさらけ出し、双方の掌に収めていた。筒状にした手の肉厚の感触を餌にして、二つの竿からは熱い吐息が零れている。
トキヤを翻弄する手はとても優しい。けれど、時々強引で我が侭な手にもなるから目が離せない。まさに要注意だ。
擦り上げる手の動きは緩急をつけ、その物の存在を味わうような動き方だった。勿論、トキヤの弱いところを刺激することも抜かりない。

「はっ…あ、っ……」

先程からの行為で体温は上昇し、熱を帯びてきている筈なのに、レンの少し冷ややかな手が気持ち良かった。
先走る甘蜜は互いの手を汚し、滑りを良くする結果に終わる。ぐち、と卑猥な水音が耳を犯すばかりで、トキヤの感覚もとい理性は疾うに麻痺していた。

「…ん……やっぱり今日のイッチーは甘い…」
「ん…あ…、あ……レ、ン…ッ」
「っ…イッチー…可愛すぎ…っ…」

暗がりはやはり興奮する。
快感に蝕まれた思考はその手を止めることが出来なかった。男の悦いところはその身をもって知っているからこそ、右上がりで感度が増し、更に止められなくなる。衣服を脱ぎ捨てた時点で歯止めなどに既に利いてないも同じだ。

「…んぅ…、んっ…」

興奮の頂はもうすぐ。だらしなく開いたままの口端から伝う銀筋が月明かりを浴びて艶めかしい輝きを放つ。舐め取るようにキスを迫り、影が度々一つに重なったと同時に執拗な愛撫で襲撃する。
じゅっと、舌先に甘く吸い付くとビクンと、腰が浮く。それ程までに今は二人揃って敏感になっていた。久しぶりの愛行為と最愛の乱れ姿に興奮するなと言う方が無理な話だ。

「は…ぁ…イッチー……」

キスの合間に囁いた熱の篭もった彼だけの呼び名はダイレクトにトキヤの腰を刺激する。耳元ではっきりと聞こえる荒い呼吸が擽ったく、その度にトキヤの逸物がレンの腰の物と擦り合う形になり、より一層強い刺激が二人を襲っていた。
これ以上の刺激は良すぎて辛くなる一方だ。次第に手の動きは散漫になり、視界がぼやけてきた。
それは絶頂を迎える前兆とも言える。

「…レン…っ…」

唐突に啄ばむようなキスを首筋に残した。ジリッと焼けたように触れたところが熱くなり、証が刻まれる。キスマークだ。

「…跡は付けるなって言っていたのに…いいのかい?」
「私が付ける分には否定しません」
「…ふうん…、じゃあオレはイッチーに何を残そうかな」
「キスマークはダメですからね」
「ん〜、それよりもっとイイコトをしようよ」
「それどういう…」
「さあ? …証拠はイッチーが飲み込めば問題無い」

笑ってはぐらかされる。

「…………え…? ――…ッ!」
そして、はち切れそうな雄根が待ち侘びるピークを目の前にしてお預けを喰らい、トキヤの視界がぐるんと反転した。目の前からはレンの姿が消え、代わりに壁が迫っている。

「イッチーは少し自分の可愛さを自覚するべきだね」

獣のような鋭い瞳を光らせるレンは、トキヤが見せる些細な隙を確実に狙っていた。

「(……可愛いのは必死なあなたの方…)……んっ」

腰を突き出した状態のまま、ひんやりとした感触が臀部に走る。それは更に深い愛の繋がりを開始する為の下準備に過ぎなかった。

「…覚悟は出来たかい?」

甘く掠れた声と共に耳朶を甘噛みされる。
嗚呼今夜もまた私はあなたの手から逃れられない。
それもまた一興だと、トキヤの微笑みが頷く代わりとなり、今宵月明かりの下で二つのメロディが静かに響き始めた。


2013.3.30
トキヤ総受18禁小説アンソロ 「七色☆Shall we dance?」に寄稿させて頂いた作品でした。
お誘い有り難うございました☆
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