ふたりぼっち
別に我慢が好きな訳じゃない。
ただ、夢を叶えたいその思いが人一倍強いだけで――。
「……レン、」
ピンと張り詰めた空気を切り裂くように、落ち着いた声音で名を呼ばれ、レンはハッと我に返った。ぼうっとしていたのは眠かったからでもなく、全てが無意識の行動だった。
「…ああ…ごめん」
そう言って、レンは掴んでいた腕を離し、一歩下がってトキヤとの距離を作る。ぽりぽりと頬を掻き、気まずそうに視線を泳がせる。
レンが一人訪れたのは、同じフロアにあるトキヤの部屋だった。コンコンとノックをすると、直ぐにトキヤが顔を覗かせた。きっとこの時間まで勉強していたのだろう。そんな姿が目に浮かぶ。
触れていた手が熱い。火傷をしたかのように熱かった。
互いに隠した想いが燻るように熱くて、心が焦げてしまいそうで。
二人は分厚い扉を間に挟んで向かい合ったまま、互いに引いた一線を保っている。先に越えてしまったのはレンの方。トキヤは困ったようにレンを見る。
「……らしくないですよ」
その言葉は牽制だった。
レンの感触が残る手首にトキヤはそっと触れ、この現実を実感する。そして、互いの為に引いた一線の脆さを思い知る。
それほどまでに二人の想いは通じ合っていた。隠していても隠し通せていない想いが二人の胸に確りと存在を主張している。
「…ごめん」
大袈裟なまでに下げられる眉根。その姿はまるで叱られた子どもか仔犬のようで、見ているトキヤの胸がチクチクと痛む。
自分たちで引いた一線を守る為には言葉で釘を刺す他なかったのに、私はどうして彼に甘いのだろう。どうして、彼から目が離せないのだろう。
距離を保とうとしたのは紛れもないトキヤ自身。夢を成功させるために恋愛は必要ないし、胸にあるこの感情から目を背けていたのはトキヤのほうだ。
それなのに、少し触れただけで弾けてしまいそうなくらい胸が痛む。この想いを曝け出してしまいたい衝動に駆られてしまう。
そんなこと、赦されるはずがないというのに――。
「……何かあったのでしょう?」
トキヤがそっとレンの頬に触れる。
真っ直ぐ瞳を見つめられると、心をも見透かされているようで言葉に詰まる。甘えてしまいそうで怖かった。
「…いや…、その………、…ごめん」
「その謝罪は触れた事への謝罪ですか?それとも眠れなかった夜を隠した事への?」
二人には、何時だったか交わした小さな約束がある。
『眠れない時は声を掛けること』
レンは夜が苦手だと聞いた。暗い夜はレンを一人ぼっちにさせ、不安にさせる。眠れない日も多いらしく、その度、レンからメールが着たり、電話をしたり、こうして会ってみたりと様々な方法で不安を拭い取ってきた。
関係を露見させるわけにはいかない。この学園にいる以上、アイドルを目指している以上、恋愛なんてご法度でしかない。しかも、それが男同士ともなれば決して明るみには出来ない。出来るはずがないのに、心はジリジリと焦がれるばかりで――。
「…ごめん、(だって会いたかったなんて言えない――)」
本音は言えない。それはせめてもの罪滅ぼし。本音など言って良い訳がないと、頭ではきちんと分かってはいるのに、心が、悲鳴を上げる。
想いには気付いている。我慢をしているのは多分お互いだ――きっと、お互いに葛藤している。
だけど、胸にある感情は隠さなければならない。ここにいる以上、越えてはならないボーダーラインがある。分かっている。分かっているのに――。
「…レン……」
俯いたままの彼は何処かに消えてしまいそうな気がして。それは嫌だな、とそう思った。
トキヤは静かにレンをぎゅっと、抱き締めてみる。扉の内側に引き寄せるようにして、レンを抱き締める。
そうして暫しの無音が訪れた。静かにしていると、二人の心音がやけに大きく聞こえてきて、ここに居ることを、生きていることを主張する。
「……イッチーは、ずるい…」
レンからも抱き締めると、すり、と甘えるように身を寄せ、レンがぽつり零す。それは彼なりの精一杯の甘えだった。
「…いつか言ったと思うけどオレは独りが好きじゃない…暗い部屋はもっと苦手だよ…黒に飲まれそうで、黒は何色にも変われない…」
それが、レンの闇だった。失う事への恐怖。孤独。
彼はそれを知っている。トラウマのような恐怖を。ひとり取り残されるような孤独を。
「…目に見える形で側に居てあげることは難しいと思います。きっとこの先も……だけど、こうしてあなたの心に居ることは出来ると思います。…私が居ることであなたの不安が少しでも減るのなら、幾らでも……」
レンの肩に額を押し付け、うっすらと赤らむ頬を隠すようにトキヤは抱き締め続ける。強く強く抱き締めて、レンに取り巻く不安を取り除こうとしていた。
胸の奥にある心に触れるように、トキヤは抱き締める。
「本当…イッチーは安心する……」
「私にはこれくらいしか出来ませんから…」
「その『これくらい』がオレにとってどれだけ心強いか、お前、気付いてないだろう」
「いいえ、気付いてるつもりです。あなたの不安を取り除けるのはこの私だけだと――、私だけであって欲しいと……そう思っているんです」
そう言ってトキヤが微笑う。レンの頬に手を触れさせ、指先で頬腹を撫でる。瞳が合うと照れ臭そうにジッと見つめながら、ゆっくりともう一度抱擁する。
二人の距離が縮まっていく。
心が、一つになる。
その夜、レンはトキヤの部屋で眠ることになった。
幸い、同室の音也は不在だったので、同じ部屋に二人きり。緊張で胸が張り裂けそうだった。
夜遅くまで続けていた勉強も中断し、トキヤに誘われ、二人はベッドに横たわり、ぎゅうっと、ぎゅうっと抱き締めあった。
そうして暗闇の中、二人は、二人ぼっちになった。