夜の月
時計の針がチクタクと静かに響く夜が訪れた。
薄暗がりの部屋の中心で、レンとトキヤの二人は、同じ寝台の上で抱き締め合っていた。静寂に包まれながら、明日へと旅立っていく。
「レン……」
どちらからともなく抱擁することで互いの距離をなくし、二つの体温を共有して眠りに就く。それは特別な夜によく見かける光景だった。
仕事で帰宅時間はいつもばらばらだ。同じ仕事をして一日を終えない限り、同時に帰宅することはあまりない。況してや、一緒に眠る夜は同居する他のルームメイトが不在の日のみ、と決めているので、更にチャンスは限られてくる。
今日はそんないくつもの偶然が重なった運命の夜。二人だけで過ごす夜に、ドキドキと胸が高鳴る。普段、心の奥底へ気持ちを押さえ込んでいる分、こうしている今、二人の想いが部屋中に散らばっていく。想いがメロディのようにふわふわと浮かんでいくようだった。
ぎゅっと更に抱きついてきたトキヤは、レンの胸にすり、と擦り寄るように身を寄せる。最愛が離れないように衣服を握り締めているが、そんなことをしなくてもレンは離れたりなどしないというのに、ぎゅっと強く抱き締めて、その存在を噛み締める。
幸せ過ぎて、不安になる夜がある。
日頃からレンとの幸せを共有できていないだけあり、時々、こうして訪れる二人だけの幸せな時間は、嬉しいようで、少し刹那い気持ちにさせる。
目が覚めたら、またいつも通りの日々が待っている。アイドル生活に何等、苦痛はないし、想いをひた隠すことにも不満はないのだけれど。
そんな生活を送っているからこそ、今、この時間を少しでも長く感じていたい。二人だけの時間をたっぷりと感じたい。
そう思って、トキヤはぎゅっと抱きついたのだ。まるで甘えるかのように。
「……もう寝てしまいましたか?」
ゆっくりと紡がれる吐息に投げかける。ちらりと、隣を盗み見る。
「ううん、起きてるよ」
「眠れませんか?」
「いいや、今夜は少し違うよ。嬉しすぎて眠れないだけ」
布団の中で、手を繋いだ。そうして二人は一つになる。
暗闇の中でははっきりと表情は見て取れないが、穏やかな笑みを浮かべているのだと言う事は感じ取れる。
指先に唇が降ってきた。ちゅ、とリップ音が耳に心地良い。指先の次は唇にキスが降ってくる。それは安心を与えるキスで。
「眠らなくてはならないと分かってはいますが……眠りたくないんです」
もう一度、トキヤは抱きついた。レンの首と肩の間に顔を埋めると、鼻先が少し擦れる。
ぽつりと零したそれは、トキヤらしい我侭だった。
久々に二人で過ごす夜の幸せに溺れてしまいそうで、トキヤは必死にレンにしがみつく。そうして直にレンの温もりを感じながら、愛情と安心に包まれていく。
「それじゃあ、もう少しだけお喋りしようか」
「ふふ、そうですね」
「じゃあトキヤ…お前が今、一番欲しいものはなんだい?」
手をにぎにぎと握り合うことで互いを感じる。そこに居るという事実が、心を穏やかにさせていく。
それは嬉しさでもあるし、愛情でもある。溢れ出して止まない想いが指先からお互いに伝わる。心地良いリズムで心に安らぎを齎してくれる。
「欲しいもの…ですか?」
「そ、欲しいもの。何でもいいよ」
「そうですね……」
暫しの無音の後、トキヤがレンを見る。
「今は夜が欲しいです」
「夜?」
「ええ、こうしてあなたと過ごす夜が、もう少しだけ長ければ嬉しいので」
笑みを浮かべるトキヤは、一際強く手を握り返し、思いの強さを伝える。
「トキヤらしいね」
「そうですか?」
「うん。じゃあオレは月がいいな」
「月…ですか?」
「そう、お月さん」
「それはどうしてですか?」
「少しでも長くトキヤとこの夜を過ごしていたいからさ」
「ふふ、同じことを考えてますね」
「まったくだね」
「ふふふ」
窓から差し込む月明かりがぼんやりと部屋を照らす。天井の空に光が反射し、淡いプラネタリウムを作り出している。
空間がとても綺麗だった。まるで二人の想いを彩るかのように。
「ん…」
その瞬間、二人は口付けた。
ちゅ、と愛おしい彼を唇で感じる。食べてしまうように口吻ける。
「んっ、…ん、ふ……」
次第に、キスは深いものへと変わり、静かな部屋に水音が響く。その音が、時を奏でる針音を掻き消すようで――。
二人は強く抱き締めてキスを交わしながら、もう少しだけこの夜に身を投じる。もう少しだけ、二人だけの時間を共有する。
彼らの夜は、まだ、始まったばかりなのだから――。