花火
闇夜に咲く花びらを眺めていた。レンと二人で共有する秘密の隠れ家から、夜空に咲く可憐な花びらを眺めていた。
此処はレンとトキヤが事務所に黙って契約した二人の部屋だった。勿論、この部屋に辿り着くまでに幾つものカモフラージュを重ねて辿り着く。頭の良い二人が考え出した最低で最高の居場所を誰にも気付かれないよう、合流する時は慎重に慎重を重ねて行動している。
主にこの部屋はデートの場の代わりとして活用していた。例えば今日、都内で催される花火大会へデートをする為の場所であったり、記念日を祝うレストラン代わりに用意した一室だったりする。
合流する時の合い言葉も存在し、メールデータなどを遡られても容易に想像付かないように念には念を押して注意を払っている。
今夜は天候にも恵まれ、花火大会は大いに盛り上がっている事だろう。残念ながら会場に出向く事は叶わないが、隠れ家の立地が運良く花火を見渡せる好条件だったので、二人は部屋に合流し、沢山の花たちを眺める事にしたのだった。
此処へ向かう途中に買っておいた軽めのディナーをテーブルに広げ、二人は花火までの時間を有意義に過ごした。本当は手料理をプレゼントしたいところだが、終電までに此処を後にしなければならないことも考慮して、食事は最低限のものに抑えておいた。
「なるべくカロリーの低そうなものを選んだんだけど」
「お気遣いありがとうございます、レン」
「時間も時間だったからね。とにかく、……会えて良かった」
「ええ、本当に……。此処へ来る時はいつもの事ながらドキドキしますね」
「ミステリアスでオレは好きだよ?恋はいつでもドキドキしちゃうものだからね」
乱雑に置かれた本日の晩ご飯。買ってきてくれたのはレンだが、トキヤの性格を熟知しているお陰もあって、カロリーを気にせずに済みそうだ。
そんなトキヤとは正反対で、レンは割と食欲旺盛なので、机上を眺めてみればテーブルシーツが覗く面積はトキヤ側がやはり広い。
談笑を交わしつつ、二人は花火の打ち上げを待った。明日も午前中から仕事が入っているので、そう長居は出来ない。終電までに、しかも二人バラバラに帰路に着かなければならないので、その点を考えつつ、隠れ家を後にする時間を逆算しておく。
だがしかし、タイムリミットまで時間はまだある。この数時間をいかに有意義に過ごせるか――思慮せずとも、二人の会話が尽きる事はなかった。
「ここのフレーズ良いと思う。すっごくセクシー」
「そう…ですか?だといいのですが……」
「大丈夫、このオレが言うんだ。間違いな――、あ……」
空を切り裂く甲高い音色が聞こえてきた。次いでドン――と、一輪の花が空に描かれる。それは花火大会の幕開けだった。
二人の会話が、ぷつりと途切れる。テーブル上でじゃれ合っていた二人の手の動きもぱたりと止まった。急に空間が静まり、シーンと時が止まる。
「綺麗……」
トキヤがぽつりと零す。その視界の先にはぱらぱらと夜空に散っていく花びらの姿がそこにはあった。
一度開いた花を皮切りに、紅や緑、オレンジといった鮮やかな色の花たちが空を舞い始めた。
大小様々の花びらは夜空を明るく彩り、そして儚く散っていく。それから間を空けずに直ぐ別の花が空高く舞い、見ている者の心を豊かにさせていく。
「ああ……本当に(綺麗だ……)」
数え切れないほどの花は、空を、心を美しくさせる。月明かりに負けないほど輝かしく散る花びらは、静かに二人の距離を縮めていった。
ぎゅっと握ったのはどちらからか、手を繋いだ二人の視線は窓の外の夜空に向けられているが、心の目はお互いを捉えている。広い芸能界の中でも見失わぬよう、しっかりとお互いを掴んで、二人は少しも離れようとしない。
二人は今までもこれからも関係をひた隠しにしている。出逢ってから二年以上が経過しているが、その姿勢は一度も崩していなかった。
それは夢という大きな目標があるからに他ならない。何よりも大切にしたい夢がある。全力を賭けて挑みたい道がある。
アイドル駆け出しの今、無闇に問題を露見させる事は絶対に避けたいし、そんな事は言語道断だ。これからも芸能界に生きていきたいからこそ、二人は始めから覚悟を決め、夢を第一に優先してきた。
花火の音の感覚が狭まった。連続で打ち上げられる花火はクライマックスに近づいている事を意味するのだろう。
不意に、レンの手が離れた。温もりが消え、少し寂しく思っているとすぐに背後から温もりが降ってきた。レンが歩み寄り、抱擁を交わしてきたのだ。
「花火も勿論綺麗だけど、イッチーが一番綺麗だと思う」
頬擦りするように頬を近づけられ、ぎゅうっと抱き締められる。レンの腕の中で行き場を失ったトキヤの手は、レンの片頬に触れ、そうしてお互いの温もりを共有する。
「……っ、あなたはそうやって…」
「本当の事だよ。イッチーはオレに嘘を吐けって言うのかい?」
「そういうことじゃ……、もう…」
少しだけ、夜空の花びらから目を背け、レンの唇を味わった。愛を囁きだした唇を塞ぐ事で、羞恥を掻き消す算段だ。それでもレンの愛情表現は終わりを見せない。分かってはいたけれど、それはトキヤなりの少しの足掻きだった。
トキヤを包み込むレンの愛は大きいから、その中で溺れてしまいそうなのだ。溺れる事に問題はこれっぽっちもないのだが、今はまだその時機じゃない。
この部屋は二人の関係を前進させるスタート地点のようなもので、此処がゴール地点ではないのだ。
「……イッチーとまた一つ思い出を作れて幸せだな」
「ふふ、私もですよ。……また来年もこうして見たいですね」
「うん、そうだね」
この空間は、言わばガス抜きの場でもあった。二人だけで誰の目を気にする事なく語り合う事で、日頃の反省点や改善点を見出し、二人で解決する。互いに互いを熟知している関係は良きライバルとしてもいい関係を保て、そうして信頼を築き上げてきた。
デート代わりの場とは言え、話す事は専ら仕事や歌の事だ。作詞の相談をすることもあった。
そんな二人が互いに向き合える居場所は、出来るだけ壊したくないし、遠い日のいつか、二人で暮らせる日が来ればいいなと、ぼんやりとだがそう思っている。
だからこそこの場所――二人の始まりの場所で作る想い出を大切にしたかった。そう心から願う二人の心情は言葉にせずとも伝わってくる。大事にしたい想いがあるから、思いっきり恋愛が出来なくても耐えられている。
そう、この花火のように――、すぐに散って終わってしまう想いとは違うから。色鮮やかに人々の心を温かくする存在になることが夢だから。
「レン、これからも共に頑張りましょうね」
花火は静かに終わりを迎えたけれど、二人の花火はまだまだ始まったばかりだ。心のパワーが充電満タンになった今、溢れ出す想いを原動力に、明日からの仕事もまた一段と頑張れる事だろう。レンが居る限り、トキヤが居る限り、二人は花火のように天高く昇っていける。